優雅な「クレムリンの子供たち」――ロシア大統領選の陰で進む政権エリートの世襲

執筆者:名越健郎 2024年2月9日
エリア: その他
昨年12月、突如インタビューに応じて「人命が大事だ」と語ったプーチン大統領の長女マリヤ・ボロンツォワ氏(Medtech.moscowのYouTubeより)
昨年末、プーチン大統領の長女マリヤが突如としてメディアに登場した。その思惑について、一部の独立系メディアは「将来要職に就く前触れの可能性」と分析した。大統領を支える側近の子息たちが徴兵されず、利権を与えられて豪邸や高級車を所有していることはロシア国内でも度々報じられている。プーチン政権が異例の通算5期目を迎えようとする中、政界においても着々と世襲の準備が進んでいるという。

 3月15-17日の日程で行われるロシア大統領選は、ウラジーミル・プーチン大統領が圧勝で5選を決める無風選挙となりそうだ。唯一、ウクライナ侵略戦争反対を唱えたボリス・ナデジディン氏は、推薦人名簿の不備で出馬を認められなかった。4候補による選挙はプーチン氏の当選を追認する「儀式」となり、国民の関心も低下している。

 エリートの間では、大統領選よりもその後に予定される内閣改造に関心が強いようだ。大統領は5月の就任式後、首相を指名して組閣を行う。閣僚ポストは利権と直結するだけに、誰が新閣僚になるのか、エリートは無関心でいられない。

 ロシアでは、政権エリート二世が政界に進出する動きもみられる。プーチン政権要人やオリガルヒが70歳前後と高齢化するに伴い、子弟へのビジネス利権継承が進んでいたが、政治の世襲も要注意だ。

大統領長女が「保健相」説

 エリート二世では、プーチン大統領の長女で小児内分泌科医、マリヤ・ボロンツォワ氏(38)が昨年12月16日、医療系非営利団体のインタビューに応じて注目を呼んだ。大統領には、離婚したリュドミラ元夫人との間に二人の娘がいるが、娘の存在を秘匿してきただけに、インタビューに応じたのは異例だ。

 国立モスクワ大学基礎医学部の副学部長も務めるボロンツォワ氏は約40分に及んだインタビューで、「子どもの頃から医者になることを夢見ていた」「ゲノム編集技術を使って慢性疾患や先天性疾患の治癒を進めたい」などと述べた。

 また、「(ロシアは)経済中心の社会ではなく人間中心の社会だ」「最も価値があるのは人間の命だ」と語った。文学への興味も語り、好きな作家としてプーシキンやドストエフスキー、清少納言を挙げた。家族については一切語らなかった。

 彼女はオランダ人実業家と結婚して子供二人を産み、オランダに住んでいたが、2014年のウクライナ東部上空でのマレーシア機撃墜事件で多数のオランダ人乗客が死亡し、反露感情が高まったため帰国。その後離婚し、医療ビジネスに乗り出したとされる。

 このインタビューに対し、ドイツのメディアは、ロシア・ウクライナ戦争に一切触れず、人命重視を強調したことを「厚顔無恥」などと糾弾した。ロシアの一部独立系メディアは、ボロンツォワ氏のメディア登場は、将来、保健相など要職に就任する前触れの可能性があると伝えた。

 政治に関心が強いのは、長女よりも次女のエカテリーナ・チーホノワ氏(37)で、国立モスクワ大学のAI(人工知能)研究所長だ。若手研究者養成プロジェクトの理事長や、産業企業家同盟で対露制裁を回避する委員会のメンバーも務める。将来、与党・統一ロシアを基盤に下院議員を目指すとの見方もある。

 オリガルヒの息子と結婚したが離婚し、その後バレエダンサーのイーゴリ・ゼレンスキー氏と再婚した。夫はウクライナ大統領と同姓で、登場しにくいだろう。

愛人の父がドンバスの貿易利権を確保

 大統領の愛人とされる元新体操選手で五輪の金メダリスト、アリーナ・カバエワ氏(40)の一族の動向もしばしば報じられるようになった。

 独立系メディア「重要な歴史」(1月9日)は、カバエワ氏の父、マラト・カバエフ氏がウクライナ東部ドンバス地方で資源と食糧を取引する権限を得たと報じた。

 元サッカー選手で、タタール系イスラム教徒のカバエフ氏は2016年、「イスラム・ビジネス国際会議」という組織を設立。傘下の企業が昨年、ロシアが併合したドンバス地方の小麦や石炭、鉱石をトルコやアルバニアに輸出したという。カバエフ氏は、「ドンバス地方の経済発展に貢献したい」としており、ビジネス利権を得た可能性がある。

 投獄中の反政府活動家、アレクセイ・ナワリヌイ氏のチームは、①アリーナ氏の祖母はモスクワ郊外の豪邸を大統領に近いオリガルヒから譲り受けた②妹は不動産会社を立ち上げ、モスクワに高級アパートを所有する――などとし、一族に利権が与えられ、特権階級になったとSNSで発信していた。

 カバエワ氏は大統領との間に、少なくとも3人の子供をもうけたとされる。選手引退後は与党下院議員を経て、メディア複合企業の会長に就任。子供とともにスイスの高級住宅に居住していたが、ウクライナ侵攻後、スイス紙が「ロシアのエバ・ブラウン」と非難し、追放運動が起きたため帰国。現在はソチやバルダイの大統領公邸に居住しているとされる。エバ・ブラウンは、ドイツのアドルフ・ヒトラーの愛人。

 スイスでは昨年2月、カバエワ氏の出産を手助けしたロシア出身の女性産婦人科医がスイス国内で死去したと報じられた。この医師はがんを患っていたが、スイスのメディアに「大統領の私生児」に関するプライバシーを暴露したため、ロシア情報機関によって抹殺されたとの憶測も出た。

ポスト・プーチン最有力はパトルシェフ農相

 ロシアの新興メディア「後継者」は、SNS「テレグラム」にプーチン大統領の後継者ランキングや要人の動向を随時投稿している。2月1日付の「後継者ランキング30人」のトップ5は、①ドミトリー・メドベージェフ安全保障会議副議長(前大統領)②セルゲイ・キリエンコ大統領府第一副長官③ミハイル・ミシュスティン首相④ドミトリー・パトルシェフ農相⑤アンドレイ・トゥルチャク上院第一副議長(与党・統一ロシア書記長)――という顔ぶれだった。(https://t.me/preemnik/6756

 このランキングは、大統領の信頼、大統領との親密さ、地位と経験、将来性、エリート内の支持、公共政策の知識と能力の6点を基に選定したとしている。このうち、4位のパトルシェフ、5位のトゥルチャク両氏は世襲政治家であり、21位のボリス・コワルチュク・エネルギー統一機構会長と併せ、3人の二世候補がランク入りしている。

 パトルシェフ農相は政権を支える強硬派、ニコライ・パトルシェフ安保会議書記の長男で、サラブレッドとして内外の専門家から後継候補と目されてきた。経済学博士号を持つ銀行家出身で、農業銀行頭取を経て2018年に40歳で農相に抜擢された。連邦保安庁(FSB)アカデミーも修了してFSB中尉の称号も持つ。オリガルヒとシロビキの双方から支持を受けやすいようだ。

 ロシアの農業は好調で、農相は政財界の評価も高く、昨年9月のレジェップ・タイイップ・エルドアン・トルコ大統領の訪露では首脳会談に同席した。ただ、肉や卵の価格高騰で責任を押し付けられ、プーチン大統領は12月のテレビ会見で、「最近農業大臣と話し、卵はどうかと尋ねると、彼は大丈夫だと言った。しかし、生産量は増えていない。この点は遺憾であり、政府の失態だ」と国民に向け謝罪した。

 反プーチンのアカウント「SVR(対外情報庁)将軍」は、父のパトルシェフ書記が長男の後継就任を望み、各方面に根回ししているとし、農相をポスト・プーチンの最有力候補と位置付けた。

 これに対し、上記のメディア「後継者」は、「農業は政権の重要テーマであり、政府は農業への大規模投資を導入した。農相は強固な地位を築き、それを固めている」「パトルシェフは次の内閣改造で副首相候補だ」とし、まず副首相として階段を上るとみている。

メドベージェフ・ジュニアも政界進出か

 5位のトゥルチャク氏は、大統領のペテルブルク時代の柔道仲間で大富豪のアナトリー・トゥルチャク氏の長男。2017年まで8年間プスコフ州知事を務めた後、与党の書記長に就任。プーチン大統領の熱烈な親衛隊として知られ、ウクライナ侵攻を強く支持する。知事時代、反政府系記者を襲撃させ、負傷させた疑惑がある。

「後継者」は、「与党が大統領選を支える体制になっており、党書記長として地位を強化した。この1年で基盤を固め、次のキャリアアップへの準備が整った」と投稿した。ウクライナ東部、南部の4州を頻繁に訪れ、併合プロセスを強化した。

 21位のボリス・コワルチュク氏の父は、「プーチンの金庫番」とされるユーリー・コワルチュク・ロシア銀行会長。「メディア王」といわれ、大統領の愛人、カバエワ氏を傘下のナショナル・メディア・グループの会長に起用した。保守強硬派で、新型コロナウイルス禍でも大統領と頻繁に会い、ウクライナ侵攻を強く主張したとされる。「後継者」は子息であるエネルギー統一機構会長について、「まだ地味だが、今後浮上する可能性がある」としている。

 政権エリート二世では、メドベージェフ前大統領の一人息子、イリヤ・メドベージェフ氏が米国の滞在ビザを取り消されたため、米国留学から帰国し、昨年、統一ロシアに入党した。独立系メディア「メドゥーザ」によれば、今後、父が党首を務める与党・統一ロシアから下院選に出馬する可能性があるという。「核の恫喝」を繰り返す極右の父と違って、息子はITを得意とし、好戦的ではないとされる。

「エリート子弟を動員すれば一日で終戦」との皮肉も

「クレムリンの子供たち」と呼ばれる政権エリート二世の動向については、独立系メディア「重要な歴史」(2022年11月4日)が調査報道を行い、「彼らは戦争を回避し、豪華なアパートに住み、高級車を乗り回し、気ままな暮らしをしている」と伝えた。

 それによれば、セルゲイ・ショイグ国防相の二女と結婚したアレクセイ・ストリヤロフ氏は、妻とともにモスクワに3つの高級住宅を持ち、フィットネス・ブログの発信を仕事にしている。

 アレクセイ・グロモフ大統領府第一副長官の長男のアレクセイ氏(父と同名)は国営メディア、RTの幹部で、テスラ、ポルシェ、アウディを乗り回し、モスクワ中心部に複数の住居を保有するという。

 アンドレイ・ボロビヨフ・モスクワ州知事の女婿、マルク・ティピキン氏は投資会社で働き、イタリアのリゾート地に別荘を保有し、モスクワでベンツの最高級ブランド、マイバッハとBMWを乗り回している。

 エリートの子弟で、動員された者は今のところいない。「重要な歴史」は、チェチェン紛争に際して故アレクサンドル・レベジ将軍が語ったとされる「エリートの子弟で一個小隊を形成すれば、戦争は一日で終わる」との言葉を引用した。

 昨年8月に航空機事故で死亡した民間軍事会社「ワグネル」の指導者、エフゲニー・プリゴジン氏は生前SNSで、「貧しい家庭の息子たちが戦場で次々に戦死する中、エリートの子弟らは海外の保養地で遊び、ユーチューブを撮影して人生を謳歌している」と非難した。政権は、「階級闘争」の檄を飛ばしたプリゴジン氏を危険とみなして抹殺した可能性もある。

カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top