西側に政策変更迫る――プーチン4時間会見の読み方

執筆者:名越健郎 2023年12月21日
エリア: ヨーロッパ その他
会見では日本への天然ガス輸出にも言及した(C)EPA=時事
昨年は開かれなかった年末恒例の大規模会見に登場したプーチン大統領は、国内経済やウクライナでの戦況について楽観的な見方を示した。政権に批判的な質問も完全には排除されなかったものの、会場の外国人記者を意識したガス抜きの範囲に留まる。会見の主要な目的は、対話に応じる姿勢を見せて西側諸国に政策変更を迫ることだと識者は指摘する。

 2024年3月のロシア大統領選出馬を表明したウラジーミル・プーチン大統領は12月14日、国民対話と内外記者会見に臨み、4時間以上にわたって67の質問に答えた。選挙戦略や5期目の抱負は明かさず、やや低調な内容だったが、ウクライナの戦況や経済情勢に楽観的な見解を示し、長期政権への意欲が満々であることを示した。

 2000年の就任当初、リベラル色を残していたプーチン政権は、再選を経るごとに愛国主義と保守主義を強め、4期目はウクライナ侵攻など国粋主義に突入した。発言を見る限り、5期目は愛国教育、中絶規制など、保守色を一段と強めそうだ。

オデッサ攻撃も視野

 プーチン氏は、ロシア・ウクライナ戦争はいつ終わるのかとの質問に対し、「ロシアが目標を達成した時に平和が訪れる」と述べ、ウクライナの中立・非ナチ化・非武装を目指す目的が不変であることを強調した。最近は「この戦争はウクライナの背後に控える欧米との戦いだ」「などと欧米との長期戦を主張していたが、開戦時の戦争目的が変わっていないことを示した。

 ロシアが苦戦の時は、「欧米との戦争」にすり替えたり、交渉の可能性に言及したこともあるが、戦況好転や欧米の支援疲れの中で、開戦当初の強気が戻ってきたかにみえる。選挙後も戦争を継続し、新たな攻勢に出る構えを示した。

 さらに、「オデッサがロシアの都市であることは皆が知っている」「ウクライナ南東部全体はロシアの歴史的領土だ」と述べ、南東部併合に続いて、南部の港湾都市オデッサ(ウクライナ語読みではオデーサ)を狙う意向を示唆した。戦闘に参加している兵士は61万7000人で、志願兵が48万人採用されたと明かし、「新たな動員は必要ない」と語った。また、「ほぼすべての前線でロシア軍が優位に立っている」「ウクライナは何も生産していない。欧米の支援も徐々に終わりそうだ」とロシア有利に展開していると強調した。

 プーチン氏が苛立ったのは、国営テレビの従軍記者が「ドローンが決定的に不足している。最近数十機が装備されたが、半数は破壊された。兵士は支援を求めている」と訴えた時で、「すべてがうまく行くはずがない。前線が2000キロあり、不具合が出るのは仕方がない。その情報はあとで詳しく教えてくれ」と反論した。質問に不快感を示し、国防省を擁護していた。

 年金のための退役軍人証の交付を拒否されたと訴えた民間軍事会社の兵士に対しても、「民間軍事会社は法的に存在しない。それが問題なのだ。善処はするが」と冷淡だった。動員兵の家族らが求めている帰還の時期については明示せず、30万人以上とされるロシア軍死傷者にも言及しなかった。戦況への一定の焦りも読み取れた。

経済の好調を強調

 質問の半分以上を占めたのは経済・社会問題で、プーチン氏は「2023年の成長率は3.5%のプラスだ。昨年の落ち込みを取り戻し、重要な一歩を踏み出した。インフレ率は8%だが、鉱工業生産は3.6%増加し、製造業が近年にないほど成長したことは喜ばしい。実質賃金の伸びはインフレ率を差し引いても全国平均で8%程度になるだろう。失業率は3%と歴史的水準まで下がった」と強調した。

 経済成長は軍事優先の「戦争特需」によるもので、「製造業の成長」は軍需産業がフル稼働していることを意味する。軍事費と国家安全保障費が急増し、国家予算の40%近くを占めている。軍事費が軍需産業を潤し、給与増につながっているようだ。失業率の低下も、動員兵や志願兵の増加、徴兵忌避の若者の出国によるものだ。しかし、軍事主導経済は戦後の大不況につながりかねない。

 ロシア国内で話題になったのは、鶏卵や鶏肉の価格高騰問題に触れたくだりだ。プーチン氏は「卵の価格は40%以上増加している。最近、農業大臣と話し、卵はどうかと尋ねると、彼は大丈夫だと言った。しかし、生産量は増えず、近隣諸国から輸入を増やすべきだった。この点は遺憾であり、謝罪する。政府の失態だ」と非を認めた。

 肉や卵の価格は、一部地域で2~3倍に高騰するなど社会問題になっており、プーチン氏は庶民生活に気を配り、問題を統括していることを示した。ニコライ・パトルシェフ安保会議書記の長男で、後継候補にも挙げられるサラブレッドのドミトリー・パトルシェフ農相はやや面子を失った。

 ロシア正教会や保守勢力が訴える中絶禁止問題では、「中絶は禁止されていないし、今後も禁止されることはない。伝統的価値観、女性の健康、子育て支援の三つの方法で中絶を制限していく」と述べた。政権は来年を「家族の年」に制定し、人口減少対策からも、「家族の価値」という保守的政策を重視している。プーチン氏は「教師が戦争に勝つ」という表現も多用し、教育の重要性を強調するなど、5期目に愛国教育を徹底させる構えだ。

政権に不都合な質問も

 最大のサプライズは、会場内のスクリーンに政権批判の質問が次々に映し出されたことだった。市民からSNSなどで届いた質問がアップされ、その中には「あなたの語る現実とわれわれの現実は違う」「国営テレビが伝える豊かなロシアには、どうすれば行けるのか」などの質問が登場した。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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