かつて一マイル(約千六百九メートル)を、四分以内で走ることは「自殺行為」とされた。ほんの五十年ほど前のことだ。五輪では千五百メートル走が競技種目だが、以前はマイルレースの方が格上だった。才能豊かなランナーたちが「一マイル=四分」の壁に挑むこと、それはエベレスト登頂(ヒラリーが征服したのは一九五三年)と同じように人類の限界へのあくなき挑戦と思われていた。今日では考えられないが、世界中のクオリティ・ペーパーが一面にマイルレースの結果を掲載していた。『パーフェクトマイル』(ソニー・マガジンズ)は、一九五〇年代の熱狂を、淡々と、しかも熱く甦らせる。レースシーンの再現ぶりは、いま目の前でレースが行なわれているかのような筆使いである(過去のレースをこれだけ面白く読んだのは、畑は違えど山口瞳の『草競馬流浪記』以来だ)。

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