国連イラン制裁の現場から(2)「専門家パネル」の業務

執筆者:鈴木一人 2015年12月1日
エリア: 中東

 国連のイラン制裁を連載で解説すると言いながら、少し時間があいてしまいました。気を取り直して再開したいと思います。今回は私が勤務していた専門家パネルについて説明したいと思います。

「制裁委員会」と「専門家パネル」の役割

 国連安保理による制裁は安保理の下に設置される制裁委員会と専門家パネルによって履行の実効性を高めようとしている。
 制裁委員会は安保理のメンバー国の外交官(参事官級)によって構成され、安保理決議の条文に照らしてイランや国連加盟国が制裁違反をしているかどうかを認定し、新たな制裁対象を加えたり、制裁すべき品目の変更などがあった場合、それを承認・決定する権限を持っている。
 しかし、制裁委員会はあくまでも外交官による意思決定機関であるため、技術的に専門的な問題については専門家パネルで調査し、分析を行って、その結果に基づいて制裁委員会が判断することになる。
 ただし、専門家パネルは安保理や制裁委員会からは独立した存在であり、独立した個人によって構成される機関である。これは、安保理や制裁委員会は各国の代表という性格があり、それらの国の政治的な目的や国益に基づいて審議するが、専門家パネルは技術的な問題を不偏不党(Impartial)な立場から分析することが求められており、制裁委員会や専門家の出身国などから指示を受けて行動することが禁じられているからである。
 とはいえ、専門家パネルが完全に出身国から独立しているというわけではない。イラン制裁パネルにはP5(国連安保理常任理事国)とイラン核交渉に加わっているドイツの他、日本とナイジェリア(のちにヨルダン)からの専門家が参加しており、これらの専門家は私を除いては全て政府で勤務した経験を持つ人たちであった。それぞれ政府の中で軍縮・核不拡散・輸出管理などの業務を経験した人たちであり、それぞれの出身国政府と強いつながりを持つ人たちである。なので、情報収集の際には自らの出身国と協力することもしばしばであり、その意味での偏りはあるが、それは同時に出身国でない国から収集する情報よりも、より質の高い情報を得る手段でもある。
 その意味で、専門家たちは出身国との関係をうまく使いながら情報収集をするが、出身国からの指示は受けないという難しい立場にあり、それをうまくこなすだけの外交的な能力が求められる。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鈴木一人(すずきかずと) すずき・かずと 東京大学公共政策大学院教授 国際文化会館「地経学研究所(IOG)」所長。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、編・共著に『米中の経済安全保障戦略』『バイデンのアメリカ』『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』『ウクライナ戦争と米中対立』など多数。
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