アメリカは「対中国」でも躓くか(2021年8月ー2)

トランプ前政権の高官からバイデン政権の対中政策に批判が相次いでいる(ポンペオ前米国務長官) ©︎AFP=時事
米軍撤退の後、地域一帯の不安定化をどう避けるか。上海協力機構の枠組みを用いた中・露・印ほか諸国の関与が注目されるが、中国がタリバンと結ぶ「冷たいリアリズム」がこのグレートゲームを左右するのは間違いない。国際社会での信頼が揺らぎかねない米バイデン政権に対しては、その外交面の最大のテーマ、対中競争政策の妥当性や今後のあり方をめぐって新たな論点も提出されている。

2.アメリカ撤退後のアフガニスタンをめぐる国際政治

   ロシアやフランスにおける論考は、より冷静で客観的なものである。たとえばロシアの代表的な外交専門家であるドミトリ・トレーニンは、アフガニスタンからの米軍の撤退がこの地域一帯の不安定要因となることを、悲観的に展望している[Dmitri Trenin, “Afghanistan After the U.S. Pullout: Challenges to Russia and Central Asia(アメリカ撤退後のアフガニスタン:ロシアと中央アジアにとっての課題)”, Carnegie Moscow Center, July 13, 2021]。必ずしもゼロサムで、米軍の撤退がロシアや中国の利益になるというほど単純ではない。また米軍撤退後に大量の難民が国外に流出し、過激派武装集団の活動が活発化することを懸念し、中央アジアやロシアに対して悪影響が及ぶ可能性を指摘する。トレーニンはこのような不安定化を避けるためにも、ロシアがパキスタンとの協力を深めると同時に、上海協力機構の枠組みを用いて中国やインドなどの諸国と協力することも重要になると述べる。トレーニンは、現在の冷え込んだ米ロ関係や米中関係を前提にして、この問題でアメリカとの協力が可能な領域は限定的だと見通している。

   フランスの『フィガロ』紙の記者であるルノー・ジラールは、アフガニスタン情勢をめぐる「中国の冷たいリアリズム」に注目する[Renaud Girard, “Renaud Girard: «En Afghanistan, le réalisme froid des Chinoi» (アフガニスタンでの中国の冷静なリアリズム)”, Le Figaro, August 3, 2021]。とりわけ、7月28日に中国の天津で行われた王毅外相とタリバーンのナンバー2であるアブドゥル・ガニ・バラダル師ら幹部との会談が、これから大きな意味を持つであろう。新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒の弾圧を行う中国と、イスラム教の法律(シャリーア)に基づく厳格な宗教的統治を行おうとするタリバーンとでは、いわば同床異夢である。それにもかかわらず相互に利益を求めて「冷たいリアリズム」を徹底することにより、中国の影響力は拡大するであろう。ジラールは、信頼を失ったアメリカと、人道主義に拘泥するEU(欧州連合)と、冷たいリアリズムに徹する中国との三者で、この地域をめぐる「グレート・ゲーム」が行われ、中国がその勝者になるであろうと想定する。

   アフガニスタン情勢は、国境を接するインドにとっても無視できない深刻な問題となっている。7月14日、タジキスタンの首都ドゥシャンベでは、上海協力機構外相会合が行われた。そこでは、タリバーンが占領地域を拡大する流動的な状況を受けて、アフガニスタン情勢も議論された。シンガポールの主要英語紙、『ストレーツ・タイムズ』紙では、インド人ジャーナリストのパラブ・バッタチャーリャがこの問題についての記事を寄せている[Pallab Bhattacharya, “India's Taleban dilemma(インドのタリバーン・ジレンマ)”, The Straits Times, July 23, 2021]。そこでは、タリバーンがパキスタン軍統合情報局(ISI)と密接な関係にあることに触れ、それゆえパキスタンと対立関係にあるインドにとってタリバーン政権を承認するかどうか、そしてどのような関係を構築するかは難しい問題だと論じる。この地域には独特な政治力学が存在し、インドもまたそこでの影響力を深めようとしている。

   アフガニスタンからの米軍の撤退とタリバーンの勝利は、多くの国々に対してそれぞれ異なる困難な問題を突きつけている。そのようなで、アメリカはこれからどのようにタリバーンが創る新しい政府との関係を構築するか、その展望を示さなければならない。8月16日にバイデン大統領は、カブール陥落という情勢を受けてアメリカ国民に向けて演説を行った[Remarks by President Biden on Afghanistan(アフガニスタンに関するバイデン大統領の声明)”, The White House, August 16, 2021]。そのなかで、「戦争を終わらせるための決断を後悔していない」と、アフガニスタンからの米軍撤退という自らの決断が適切なものであったことを改めて強調した。また、「アフガン軍自身が戦う意思のない戦争を、米軍が戦うべきではない」と述べて、カブール陥落という帰結の責任があくまでもアフガニスタン政府とその国軍にあると論じた。

   はたしてバイデン大統領の判断は適切なものであったのか。そもそもなぜタリバーンはこれほどまで迅速に首都カブールを占領することができたのか。これから無数の論考が書かれ、またバイデン大統領の政策判断とその決定に対する評価をめぐって論争が起こるであろう。アメリカ政府が理想を抱いたような民主主義は、アフガニスタンに根づくことはなかった。それにもかかわらず、この地域の安定化という課題に、国際社会は向き合っていかなければならない。

3.「バイデン・ドクトリン」の評価

 アフガニスタン情勢をめぐってアメリカの政策は躓いた。このことが今後、どの程度アメリカの国際社会における信頼を低下させ、またアメリカの同盟国や友好国との関係に影響を及ぼすことになるのだろうか。中国の共産党系の『環球時報』英語版では早速、アメリカが同盟国や友好国を見捨てて自国の利益しか考えないと批判し、台湾に対してアメリカに依存するような政策を捨てるよう説得している[Editorial, “Afghan abandonment a lesson for Taiwan’s DPP(アメリカがアフガンを見捨てたことは台湾民進党への教訓となる)”, Global Times, August 16, 2021]。

 アメリカの安全保障専門家のザック・クーパーアダム・リッフは、これまで10 年間のアメリカの政府が口ばかりであり、行動が伴っていなかったと批判する[Zack Cooper and Adam P. Liff, “America Still Needs to Rebalance to Asia: After Ten Years of Talk, Washington Must Act(アメリカはまだアジアにリバランスする必要がある:ワシントンは10年間口ばっかりだったが、今こそ行動するべきだ)”, Foreign Affairs, August 11, 2021]。オバマ政権はかつて「リバランス」を論じながら、必ずしもそれを実現することはなかった。それゆえ今こそ十分な予算的裏付けと軍事的関与をもとに、アジアへの「リバランス」を実現するべきだと説いている。クーパーとリッフは、現在のアメリカのアジア政策があまりにも中国ばかりを中心としたものとなっていることを懸念している。たとえばCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)へのアメリカの参加の問題や、東南アジア諸国との関係強化など、米中対立の構図だけでは捉えきれない問題が数多く存在する。それゆえ「アメリカは中国と競争している」、あるいは「アジアに重点を移している」というようなスローガンを繰り返すだけではなく、実際の行動によって「リバランス」を実践するときなのだ。

 トランプ政権の通商政策を担当してきた前通商代表のロバート・ライトハイザーもまた、現在のバイデン政権の対中政策が不徹底であることを批判して、「アメリカは片手間で中国との競争をするべきではない」と題するコラムを『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄せている[Robert E. Lighthizer, “America Shouldn’t Compete Against China With One Arm Tied Behind Its Back(アメリカは片手間で中国と競争すべきではない)”, The New York Times, July 27, 2021]。ライトハイザーは、対日関係でも対中関係でも厳しい通商政策を実践してきたことで知られているが、現在のバイデン政権の対中経済政策が中途半端となっている問題を指摘している。具体的には、上院を通過したアメリカ技術革新・競争法(U.S. Innovation and Competition Act=USICA)という法案にはロビイストの意見が反映された結果、対中関税の削減が定められ、それゆえ国内産業の育成にはマイナスであると主張して、下院とバイデン大統領にその成立を阻止することを訴える。同様に、トランプ政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオも、ニクソン政権からはじまった対中関与政策が結果として中国の行動を変えることができなかったことを批判して、中国の脅威から自由世界を守るためのアメリカの指導力を発揮せねばならないと説く[Michael R. Pompeo, “Our Broken Engagement with China(崩壊したアメリカの対中関与)”, National Review, July 15, 2021]。

 トランプ政権の高官であったライトハイザーやポンペオが、より強硬な対中政策を主張する一方で、そのような対中対決路線への批判的な声もある。たとえば『エコノミスト』誌は、バイデン政権の対中政策が民主主義諸国と専制体制諸国との間の体制間競争であることに注目した社説を載せて、いわゆる「バイデン・ドクトリン」とも呼ばれる体制間競争の論理を批判的に紹介している[Leaders, “Biden’s new China doctrine (バイデンの新しい中国ドクトリン)”, The Economist, July 17th, 2021]。すなわち、「いまや、ジョー・バイデンが、トランプ主義的な数々の大げさな言葉をアメリカ対中国という対立のドクトリンへと転換させつつあり、そこではバイデンによれば、対抗的な政治体制間の競争においてはただ一国の勝者があるのだという」。バイデン政権のチームは、中国が「共存などというものには関心がなく、支配することにより大きな関心がある」ことを前提とし、その上に対中政策のドクトリンを形成している。そのようなバイデン政権の「対中政策ドクトリン」に関して『エコノミスト』誌は一定の理解を示しながらも、しかしそのような対決の構図が世界を分断に導き、さらにはアメリカ自らの国益も損ねる結果になると批判する。そして、もしも本当にアメリカが中国と対抗する意思があるならば、TPP(環太平洋パートナーシップ)に回帰することが最善だと説いている。 

 バイデン政権は一方で中国に対して強硬な外交路線を継続しながら、他方で感染拡大がとどまることのないコロナ禍での国内経済の再建と、雇用の創出、さらには技術革新を進めて経済競争力を強化していかなければならないという困難な任務を背負っている。そのようななかで、アフガニスタンからの米軍の撤退を決断し、そのことがカブール陥落という帰結の到来を早めてしまった。  (続く)

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)(エーピーアイこくさいせいじろんだんれびゅー)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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