「戦略」「作戦」「戦術」――戦争に勝つためには、どんな能力が必要なのか。軍事史研究の第一人者が説く、「現代の名将」の条件とは

執筆者:大木毅 2022年6月11日
カテゴリ: 軍事・防衛
アメリカ陸軍参謀総長ジョージ・マーシャル元帥(左)、ソ連邦元帥のトゥハチェフスキー(右)といった「名将」たちに共通する条件とは

今年2月に勃発した、ロシアによるウクライナ侵攻。日夜激しく繰り広げられる戦いの帰趨は、国家指導者の意思や兵器の優劣のみで決まるわけではない。そこには作戦をリードする、双方の指揮官の存在が大きく関わってくる。実際、ロシア軍の思わぬ苦戦の背景には、戦略・作戦・戦術それぞれの次元で、指揮官たちの能力不足があったと言われている。 2020年の新書大賞を受賞した『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』の著者、大木毅氏の最新刊『指揮官たちの第二次大戦 素顔の将帥列伝』(新潮選書)の最終章では、軍人にとって最も必要な資質とは何かを問うた、「現代の指揮官要件――第二次世界大戦将帥論」が展開されている。以下、同書より一部抜粋・再構成してお届けする。

執務室の統帥

 戦場を見下ろす丘に立ち、一時的な敗勢にもひるむことなく、勝機を見抜いて最後の予備を投入、ついには決勝を得る。あるいは、旗艦の艦橋にあって、砲煙弾雨のなか、巧みに艦隊の運動を指示して、有利な態勢をつくり、敵を潰滅に追い込む。おそらく、日本語の「名将」という言葉が連想させるのは、こうしたイメージであるはずだ。加えて、将兵をして進んで死地に赴かしめる統率にも優れているといったところか。

 残念ながら、かかる「名将」概念は、作戦・戦術次元の能力評価に限られているばかりか、人格評価も多分に含まれていることから、現代的な戦史・軍事史研究の分析に使うのは難しい。第一次世界大戦によって、戦争は軍隊のみならず、国民と国民の衝突による「総力戦」になることがあきらかになって以降、優れた指揮官であるための要件は、多種多様になっている。

 そのなかでもとくに重要なのは、おそらく、戦闘や戦役ではなく、戦争に勝つ策を定める戦略の次元において卓越していることであろう。事実、第二次世界大戦中、さらに戦後にあっても、切実に必要とされてきたのは、この戦略次元での人材なのである。外交、同盟政策、国家資源(人的・物的資源)の戦力化、戦争目的・軍事目標の設定、戦域(たとえば「太平洋戦域」など、「戦線」や「正面」といったエリアを超える戦争範囲)レベルでの戦争計画といった、きわめて高度の判断と戦略策定の可能な軍人こそ、求められるべき「名将」なのであった。

 こうした将帥のほとんどは、戦線での実兵力運用には関わらず、もっぱら首都にある国防省や参謀本部の執務室で過ごし、「指揮官」の名にはふさわしくないように思われる。第二次世界大戦の()(すう)を決めたのは、これら執務室の将帥だったのだ。

 実例を挙げるなら、アメリカの陸軍参謀総長ジョージ・マーシャル元帥、イギリス帝国参謀総長を務めたアラン・フランシス・ブルック(アランブルック)元帥などがその典型である。彼らは、それぞれ合衆国と英帝国のリソースを動員・配分し、効果的に使用するという巨大な計画を立案・遂行し、卓抜した戦争指導を示したのだ。

 ただし第二次世界大戦において、こうした戦略的逸材は、連合軍側にしか現れなかった観がある。それも当然で、枢軸側は、日独伊ほかの「持たざる」国々から成っていた。かような国家にあっては、リソースの合理的運用を追求し、敵に対して戦略的優位に立つという正攻法を取ろうとしても、不可能という結論に至らざるを得なかったのである。

 日本では、今日のシンクタンクにあたる組織、総力戦研究所や秋丸機関が対米戦争の可能性を検討したが、必敗と占わないわけにはいかなかった。ドイツでは、国防経済・軍備局長のゲオルク・トーマス歩兵大将が、総力戦の準備・実行に努力したものの失敗し、開戦を回避する、あるいは敗戦という最悪の事態をまぬがれることをめざして、戦争遂行を叫ぶヒトラーに対する抵抗運動に走っている。

 いずれにせよ、このような戦略的劣位に置かれた枢軸国、とくに日独の指揮官たちは、戦争目的を達成するために、「戦役」(campaign)、すなわち、一定の時間的・空間的領域で行われる軍事行動を計画立案し、実施する「作戦」の次元でのアクロバットに頼るしかなかった。それは、下位階層である作戦次元の勝利を積み重ねることによって、戦略次元の窮境を打開するという、九割九分は失敗を運命づけられた試みだったのだ。

「作戦術」の妙

 続いて、作戦次元の指揮官要件を考えてみたいが、その前に、戦略次元と作戦次元の両階層が重なるところで威力を発揮したソ連の「作戦術」に触れておきたい。

 すでに触れたように、戦争には三階層、戦略・作戦・戦術の三次元があるといわれる。だが、実は古代や中世には、「戦略」と「戦術」の概念しかなかった。言い換えるなら、戦争を準備し、遂行する策と、戦闘を有利にすすめるわざしかなかったわけである。

 しかし、近代になって、国民軍、一般兵役制による巨大な軍隊が出現し、戦争が時間的・空間的に拡大するとともに、戦略と戦術の二分法ではなく、その中間に作戦というあらたな次元があると考えられるようになってきた。この作戦次元で、戦略目標を達成するためにいかなる思考・行動をなすべきかが問われはじめたのだ。

 かかる理論構築において、ロシア軍は二十世紀のはじめに顕著な進歩をみせた。一九〇四年から一九〇五年にかけての日露戦争で、日本軍よりもずっと優勢な軍勢を持ちながら、時間的・空間的駆け引きに失敗し、苦杯を()めた経験が、ロシアの軍人たちに深刻な思索をうながしたのだ。

 彼らの理論は、第一次世界大戦やロシア革命後の内戦の戦訓を受けて、ソ連でもいっそう深化されていった。それは、アレクサンドル・A・スヴェーチンやミハイル・N・トゥハチェフスキーといった、傑出した軍事的才能を得たこともあって、一九三〇年代の作戦術の完成に結実する

 かくて誕生した作戦術は、ソ連兵語辞典によれば、以下のごとき定義となる。「地上部隊の正面軍〔日本軍の方面軍に相当する規模のソ連軍の編制単位〕作戦、軍作戦ならびに各軍種〔陸海空三軍〕の準備と実行の、理論と実際を研究する兵術の構成部分。作戦術は戦略と戦術を結ぶ環である。戦略の諸要求に立脚し、作戦術は戦略目的達成のため、必要な作戦準備と実行の方法を定め、かつ作戦目的と作戦任務に合致するように諸兵連合部隊を準備し、実施するため、必要な戦術の基礎諸元を与える」(片岡徹也編『軍事の事典』)。

 このままではイメージしにくいであろうから、説明を加えてみよう。すでに述べたごとく、戦争目的を定め、国家のリソースを戦力化するのが戦略である。その目標を達成するために、戦線各方面に作戦、あるいは「戦役」を、相互に連関するように配していく。それが作戦術なのだ。

 作戦術は、独ソ戦後半に大きな威力を発揮した。個別の作戦こそ実行したものの、それらを意識的に協調させることのなかったドイツ軍に対し(ソ連侵攻作戦「バルバロッサ」で、ドイツが投入した三個軍集団は個々の作戦こそ遂行したものの、相互の連関はほとんどなかったことを想起されたい)、ソ連軍は多数の戦役を連動・協同させて、圧倒的な成功を収めたのである。

 この作戦・戦役の協同において、忘れられがちではあるが重要な貢献をなしたのが、ともにソ連邦元帥にまで昇りつめたゲオルギー・K・ジューコフとアレクサンドル・M・ヴァシリェフスキーであった。独ソ戦中の二人の軍歴をみていると、しばしば「赤軍大本営代表」の任についていることがわかる。両者は、それによって強大な権限を与えられ、攻勢にあたる複数の正面軍の調整を遂行するという、作戦術を機能させるのに必要不可欠な作業を行ったのであった。

 つまり、ジューコフとヴァシリェフスキーは、戦略・作戦次元の両方で手腕を発揮した、有能な将帥だったのである。

もっとも、ロシア・ソ連以外でも、作戦次元の存在と、そのレベルでいかなる対策を取るべきかについて、研究と検討がなされていたことはいうまでもない。かような努力の成果や理論は、欧米では一般に operational art と呼ばれており、和訳してしまえば、これも「作戦術」となってしまうから、誤解を招きやすいところだ。よって、本章では、ロシア・ソ連流の「作戦術」の概念にしたがい、記述していることを確認しておく。

両極端─ドイツとアメリカ

 では、一つ下の次元、戦役を遂行する作戦次元においては、指揮官はどのような能力や資質を要求されたか。

 作戦そのものを進めるという点で、きわめて優れた人材を輩出したのがドイツであることは間違いない。「砂漠の狐」の異名を取ったエルヴィン・ロンメル元帥、装甲部隊の運用で傑出した働きを示したハインツ・グデーリアン上級大将、「ドイツ国防軍最高の頭脳」ことエーリヒ・フォン・マンシュタイン元帥……。

 なかでも、マンシュタインは、一九四〇年にベルギー、オランダ、フランスを降伏させ、イギリスの大陸遠征軍をヨーロッパから駆逐した西方作戦計画の構想を出した将帥であり、特筆すべき存在である。作戦次元の成功によって、上位の次元にある戦略の不利をくつがえすことは非常に困難であり、古今東西の戦史をみても、ごく限られた実例しかない。マンシュタインは、その難事をやってのけた。戦争犯罪への関与等で、彼のオーラが陰ることがあったとしても、この偉業ばかりは否定できないだろう。

 しかしながら、ロンメルやマンシュタイン、グデーリアンといった、今なお作戦・戦術次元では卓越していたと評価されるドイツの指揮官たちが、ひとしく批判されている点がある。あまりにも作戦にこだわり、それが戦略次元で有効なのか、なすべきことなのかという考慮がほとんどなかったというものだ。

 これはおそらく、ドイツの指揮官たちの個人的欠点というにとどまらなかったろう。すでに論じたように、ドイツは総力戦を貫徹することが困難な、「持たざる国」でしかなかった。さような国家は、リソースをフル動員し、国民に犠牲を強いながらも、相対的な戦略的優位を獲得するという正道によることができない。だとすれば、ドイツ軍の指揮官は、作戦次元で連勝を続け、戦略次元の劣勢を挽回する以外になすすべがなかったのである。当然のことながら、かかるアクロバットは、何度となく美技を示したとしても、いつかは失敗し、床に叩きつけられる運命にある。

 これと対照的なのがアメリカであろう。本書の第三章に記述したごとく、これぞ作戦レベルの名人と思われるようなパットンは、実は米軍内部では必ずしも評価されていない。それもそのはずで、米軍は作戦次元で綱渡りの末に大成功を得ることなど求めていなかった。有り余るリソースを適切に配分・投入し、堅実なかたちで勝利を得ることを追求していたのだ。

 スイスの歴史家ヨーナタン・ツィマーリは、こうした米軍の作戦・戦術指揮のあり方を研究した著書に、いみじくも『将校かマネージャーか?』のタイトルを付した。答えが「マネージャー」であることはいうまでもない。アメリカ軍は、リスクを冒して戦果を上げることよりも、リソースのマネージメントによって勝利を得ることを、作戦次元での指揮官要件としていたのである。

 そうした基準からすれば、本書第三章に示したアイゼンハワーの部下将帥に対する評価のように、優れた指揮官は、ノルマンディ上陸以降、第一二軍集団司令官を務めたオマー・ブラッドレー中将をはじめとする「マネージャー」たちだったということになる。ツィマーリによれば、かかる傾向は、朝鮮戦争やヴェトナム戦争までも続いたという。

 一般的には奇異に感じられる評価かもしれないが、第二次世界大戦のアメリカらしい指揮のあり方として、記憶にとどめておく意味のある視点だろう。

戦術次元の新基準

 最後に、作戦実施に際して生起する戦闘に勝つための術策、戦術の次元について述べる。もっとも、この次元で第二次世界大戦の指揮官に要求されたことは、近代以前とそう変わってはいない。

 ガダルカナルで、巧みな陣地選定により、日本軍の最初の攻撃を粉砕してのけた米第一海兵師団長アリグザンダー・ヴァンデグリフト少将、あるいは、独ソ戦後半でしばしばソ連軍に有効な反撃を加えて、もっとも優秀な装甲部隊長とうたわれたヘルマン・バルク装甲兵大将のごとく、文字通り、いくさのわざに秀でていることが求められたのである。

 これらの実例を示すには、より詳細に戦闘経緯を分析しなければならないし、別の一書を必要とするであろうから、ここでは論述を避け、他日を期すこととしたい。

 ただし、一点だけ、当時加わった新しい要素、しかも、今日ではいよいよ重大さを増しているファクターについて、簡単に触れておく。

 それは、戦術次元の決断においてすら、戦略・作戦次元での目的に関する考慮が欠かせなくなったことである。ときとして、前線の小部隊、単独行動する艦船といえども、その進退が戦略に影響をおよぼしかねないという可能性が出てきたのだ。本書で取り上げた例でいえば、第八章で述べたラプラタ沖海戦が典型であるかと思われる。

 このとき、「シュペー」艦長ハンス・ラングスドルフ大佐は、イギリス艦隊に対して、いかに有利に戦闘を進めるかということだけでなく、避退するとしたら、その政戦略への影響はどうなるのか、中立国の港湾に逃れるとしてもその国にどれだけ支援を期待できるかという戦略的な問題に頭を絞らねばならなかったのだ。かような傾向は、現代でいうCOIN(counter-insurgency)、対反乱戦において顕著であった。

 こうして戦略・作戦次元の判断に戦術次元の指揮官がいかに対応するかという問題は、すでに第二次世界大戦で生じており、今日の各国軍隊でも重要な課題として検討されつづけているのである。

 以上、第二次世界大戦の指揮官たちを判断するに際しての評価基準を概観してみた。これらに留意して、本書を読み返していただければ、また別の感想が得られるかもしれない。筆者もそうなることを期待している。


大木毅(おおき・たけし)
1961年東京生まれ。現代史家。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師等を経て著述に専念。雑誌「歴史と人物」の編集に携わり、旧帝国軍人を多数取材。『独ソ戦』(岩波新書)で「新書大賞2020」大賞を受賞。著書に『第二次大戦の〈分岐点〉』(作品社)、『「砂漠の狐」ロンメル』『「太平洋の巨鷲」山本五十六』『指揮官たちの第二次大戦―素顔の将帥列伝―』、共著に『帝国軍人』(いずれも角川新書)など。

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執筆者プロフィール
大木毅 1961年東京生まれ。現代史家。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師等を経て著述に専念。雑誌「歴史と人物」の編集に携わり、旧帝国軍人を多数取材。『独ソ戦』(岩波新書)で「新書大賞2020」大賞を受賞。著書に『第二次大戦の〈分岐点〉』(作品社)、『「砂漠の狐」ロンメル』『「太平洋の巨鷲」山本五十六』『指揮官たちの第二次大戦―素顔の将帥列伝―』、共著に『帝国軍人』(いずれも角川新書)など。
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