続発する「ローンオフェンダー」犯罪をどう防ぐか――岸田首相襲撃に見る日本の危機管理

執筆者:福田充 2023年5月17日
タグ: 岸田文雄
エリア: アジア
雑賀崎漁港の事件現場を調べる捜査員= 4月16日午前、和歌山市 (c)時事
選挙演説中の現職首相の足元に手製の鉄パイプ爆弾が投げ込まれたことは、日本の要人警護が再び失敗したことを意味する。一方で、ホームセンターなどで入手可能な材料の購入履歴を監視することは不可能に近く、今回のような「ローンオフェンダー」による犯罪を未然に防ぐことは極めて難しい。民主主義に対する攻撃を予防する根本療法は、逆説的だが「民主主義の実践」に他ならない。

 

繰り返された要人襲撃事件

 令和5年4月の統一地方選挙、和歌山1区補選の演説会場において岸田文雄首相が手製の鉄パイプ爆弾により襲撃された。この爆弾が投擲後すぐに爆発する仕掛けであれば、また火薬がTNT火薬など威力の強いものであれば、首相をはじめ多くの死傷者が発生しただろう。そうではなく殺傷力の低い手製爆弾であったことは不幸中の幸いに違いない。このような状況では、爆弾を会場に持ち込ませたこと、投げさせたことだけで要人警護は失敗なのである。

 昨年7月、奈良市で安倍晋三元首相が山上徹也容疑者に殺害された銃撃事件も同様に選挙における地方遊説中の事件であったが、それまでの警察庁、都道府県警察の要人警護のあり方が批判され、計画と運用が抜本的に改革された矢先の現役首相襲撃事件であった。安倍元首相銃撃事件の際にも筆者は新聞やテレビの取材で、そして拙著『政治と暴力』の中で、現在の警察の要人警護のあり方、テロ対策のあり方を批判し提言したが、そうした提言や警察が発表した改革案は全く実行されていないことが明らかになった。

危機管理の4機能モデル

 要人警護、テロ対策で重要なのは、危機管理の4機能、すなわち、①インテリジェンス、②セキュリティ、③ロジスティクス、④リスクコミュニケーションの4つの機能を有機的に連携させることである。①インテリジェンスとは社会におけるリスクに関する情報を収集し、分析して対策に活かすことである。②セキュリティとはそうして得られた分析、リスク評価をもとに安全確保のための対策を実行することである。③ロジスティクスとはその活動のために必要な人員、物資、情報を準備し、配備して運用することである。④リスクコミュニケーションとはそうしたリスクへの対処のために社会で情報伝達し、議論し、政策立案するコミュニケーションの全体を意味する。

 安倍元首相銃撃事件後、警察庁は『警護要則』を見直し、要人警護を改革したと発表したが、その柱ともいえるものは、警察庁が持っている情報を都道府県警察と事前に共有し警備計画に反映させるという①インテリジェンス改革と、警察庁が都道府県警察の警備計画立案と実行に関与しその連携を強化するという②セキュリティ改革、都道府県警察での要人警護のための人員を増やし、研修や訓練によりその能力を高めるという③ロジスティクス改革などであった。しかしながらこれらの改革のための計画は、実行されていなかったと言わざるを得ない。

図:危機管理の4機能モデル

選挙期間中という政治の壁

 選挙期間中だから、首相や候補者は市民に近づきたい、握手をして直接声をかけたい、という政治の側からの要望があることは当然である。それでも国家のリーダーである首相の命を守ることは、日本の政治を守る、民主主義を守るということと同義であることを忘れてはならない。その両方の価値を大事にしたいのであれば、それを両立させられる方策をとるしかない。そのために必要な選挙中の要人警護に必要な方策は2つしかないが、それは以前から実施されてきた手法である。

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カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
福田充(ふくだみつる) 昭和44年、兵庫県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。専門は危機管理学、リスクコミュニケーション、テロ対策、インテリジェンスなど。内閣官房等で防災、テロ対策、国民保護、新型インフル等に関する委員を歴任。元コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員。著書に『政治と暴力~安倍晋三銃撃事件とテロリズム』(PHP新書)、『リスクコミュニケーション~多様化する危機を乗り越える』(平凡社新書)、『メディアとテロリズム』(新潮新書)、『テロとインテリジェンス』(慶應義塾大学出版会)など多数。
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