「自分も遭難するかもしれない」のリアル

中村富士美『「おかえり」と言えるその日まで 山岳遭難捜索の現場から』(新潮社)

執筆者:南沢奈央 2023年12月28日
カテゴリ: カルチャー
山岳遭難者の捜索活動に従事する著者の献身的な姿勢には頭が下がる(写真はイメージです)(Gianni Crestani / Pixabay

 山が好きで、今年は夏から秋にかけて四カ所ほど登った。いずれも日帰りで登れる山である。事前に山登りアプリで地図を確認してルートを決め、天候も直前まで確認して向かった。それでも毎回予想外のことは起きる。思っていたよりも道が険しい、登山道を見失う、山頂の気温が低く体が冷える。山では、このすべてが遭難の要因となり得る。そして、命の危険にも繋がるのだ。

 山岳遭難の件数が年々増えていることも耳にしている。決して気を抜いているつもりはない。だが本書を読み進めれば進めるほど、遭難をいかに自分事として考えられていなかったかを突き付けられた。思い出した時にしか山岳保険に入らず、家族には「山行ってくるね」としか伝えていない。遭難の可能性をリアルに想像できていなかったのだ。

 本書『「おかえり」と言えるその日まで 山岳遭難捜索の現場から』(中村富士美、新潮社)は、山岳遭難の捜索現場の実際の様子を綴った一冊。著者は看護師であり、民間の山岳遭難捜索チームの代表として、捜索活動および行方不明者家族のサポートを行っている。

 地元の小学生が遠足で登るような里山で遭難者2名の遺体を発見したことや、10年も通うほど慣れた人の丹沢での遭難、2年以上かけた捜索など、実例をもとに捜索の過程が描かれるのだが、地道な捜索方法に頭が下がる。遭難者が行ったとされるルートを実際に歩き、道迷いや滑落のリスクが高い場所を探ったり、一般の登山客に「何か見つけたら教えてください」と声を掛けたり、ネット上で同じ日に同じ山を登った人を探し出して、話を聞いたりもする。

 ここまでやるのかと驚いたのは、遭難者のプロファイリングだ。遭難には性格が影響するのだという。「イケイケなほう」「根っからの山好きで几帳面」「音楽好きで人懐っこい性格」……家族から聞いた話から人物像を立ち上がらせ、辿った道を推測していくのである。同時に、このやり取りをしていく中で重要なのは、大きな不安を抱えた家族との信頼関係を築くこと。“遭難者の捜索”と並行して“家族の支援・サポート”も丁寧に行っていく、「目の前の命に全力で向き合う」という信念に心が震えた。

 どのルートで登るかの情報を必ずどこかに残してほしい。目立つ色のものを身に着けていって。遭難したら下るのではなく、とにかく上に登って――。遭難捜索者の目線から語られる優しくも厳しい言葉の数々が、山を登る者にとっての心得として、胸に刻まれていく。「遭難の可能性がない山はない」。登山道具とともに備えておくべき一冊だ。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
南沢奈央(みなみさわなお) 1990年埼玉県生まれ。俳優。立教大学現代心理学部映像身体学科卒。2006年、スカウトをきっかけに連続ドラマで主演デビュー。2008年、連続ドラマ/映画『赤い糸』で主演。以降、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』など、現在に至るまで多くのドラマ作品に出演し、映画、舞台、ラジオ、CMと幅広く活動している。大の読書家であり、書評やエッセイの連載など執筆活動も精力的に行っており、読売新聞読書委員も務めた。落語好きとしても知られ、「南亭市にゃお」の高座名を持つ。『今日も寄席に行きたくなって』が自身初の書籍となる。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top