好きになるのは一人だけ?――ポリアモリー(複数愛)を知っていますか

執筆者:荻上チキ 2023年12月29日
カテゴリ: 社会
誤解を持たれやすい「ポリアモリー(複数愛)」当事者たちは、葛藤に苦しんでいる人が多いことが取材・調査で判明した(写真はイメージです)
相手の合意を得たうえで、複数の恋人やパートナーを同時に持つポリアモリー(複数愛)。「性に奔放」「他人を傷つけても平気」といった先入観を持たれがちだが、社会規範との葛藤に苦しんでいる当事者は多数に上る。その実態についての取材・調査をまとめた国内初のルポルタージュから見えてきた実態とは。

 誰かと交際しようとする際、「互いが他の人を好きになったときに、どうするか」について、あらかじめ話し合う人は、どれくらいいるだろうか。

 多くのカップルは、そんなことをわざわざ口頭や文書で確認しないだろう。なぜ、確認しないのか。それは、「恋愛というのは、一対一で行うもの」「パートナーはひとりだけにする」という考えが、現在の社会では相当に広がっているためである。そして誰かと交際をするときには、おそらく相手もおなじような考えを持っているだろうと、暗黙のうちに想定しているためでもある。

 こうした価値観は、モノ規範と呼ばれる。モノはギリシア語で「単数」を意味する言葉だ。つまりモノ規範とは、「恋愛は単数の相手とのみ行うべきだ」という社会通念のことだ。

 とはいえパートナー以外の人に惹かれることや、同時期に複数の人に惹かれること自体は、珍しいことではないだろう。ただ、モノ規範を前提として交際している人々は、互いにその感情を(少なくとも表向きは)抑制しようとする。

 だが、関係にまつわる「合意」を、暗黙のうちに済ませようとすると行き違いが起きることも少なくない。そのうちの一つが、「もう一人、誰かを好きになったとき」というテーマである。

 複数の人を好きになったとき、モノ規範を内面化している人は、「別れるか」「諦めるか」「隠れて交際するか」の3択に悩むことになるだろう。一方で、複数の人と合意を築いたうえで、同時に交際することを選択する人もいる。それが、ポリアモリーと呼ばれるものである。

ポリアモリーとは何か

 ポリアモリーという言葉は、ギリシア語のポリー=poly(複数)と、ラテン語のアモール=amor(愛)を合わせたものである。直訳すれば「複数愛」となる。ポリアモリーは、「3人以上の当事者が、合意して築く関係」のことを指している。封建的な文化の中で、権威のある者が「側室」や「妾」を持つという行為などと異なり、互いの「合意」や「公正さ」を重視していることがポイントとなる。

 ポリアモリーの対義語として、一対一の恋愛は「モノアモリー」と呼ばれ、一対一の結婚は「モノガミー」と呼ばれる。モノ規範が一般的な社会の中で、多くの人が実践しているのは、これらの形式だろう。

 ポリアモリーという言葉は、1990年代のアメリカで広がった。それまで複数愛は、「合意あるノン・モノガミー(consensual non-monogamy)という言葉などで表されていた。ただしノン・モノガミーといっても、その形はあまりに幅広い。

 「あらかじめ関係に名付けを行わず、その都度の関わり方を模索するもの」(リレーションシップ・アナーキー)、「互いにほかの関係を追求することを良しとするもの」(オープン・リレーションシップ)、「相手の恋愛や性愛に干渉しないように振る舞うもの」(ドントアスク・ドントテル)などがその例として挙げられる。そのほか、ここでは紹介しきれないほどの多様な関わり方が存在し、形への名付けも行われてきた。

 その中でとりわけポリアモリーは、封建的な婚姻関係や、自由恋愛のリスク面から自覚的に距離をとり、「特定複数」と持続的な関わりを模索するために生まれてきた言葉である。モノ規範的な交際には縛られないが、「とっかえひっかえ」のような振る舞いというわけでは必ずしもない。

 こうした経緯もあり、「ポリアモリー」について語る際、「性に奔放」というステレオタイプで語ることには慎重である必要がある。

ポリアモリストたちの葛藤

 人との関わり方の形を、関係様式という。モノ規範を前提とする社会において、「モノアモリー(単数愛)」「モノガミー(単数婚)」以外の関係様式は、「その他」程度の認知しか浸透していない。だが実際、古くから現在に至るまで人類は、より幅広い関わり合いの形を実践してきた。ポリアモリーもまた、そんな数ある関係様式の一つにすぎない。

 ただし、その関わりを実践する人たちの姿は、これまでほとんど可視化されてこなかった。そこで、日本国内のポリアモリー事情について初めての取材・調査内容をまとめたルポルタージュを刊行した。それが、『もう一人、誰かを好きになったとき ポリアモリーのリアル』(新潮社)である。

 

 もしかしたら多くの人は、ポリアモリストのことを、「倫理観がぶっ壊れている」と感じるかもしれない。だが興味深いことに、そのイメージは当事者たちの実像と異なっている。

 まず先行研究では、ポリアモリストとモノガミストなどを比較しても、多くの部分で差がなかった。例えば、「マキャベリズム」(目的のために手段を選ばない傾向)であるとか、「人生の満足度」であるとか、「人の温かさの感受性」であるとか、「性的満足度」や「性的頻度」といった項目などにおいても、である。

 ポリアモリーについての研究は今後も続くだろうが、とりわけポリアモリストが他人より性的欲求が強いとか、他人の傷つきを気にしないといったステレオタイプは、少なくともデータから見る傾向に反している。

 私が取材したポリアモリストには、モノ規範との間で葛藤した経験のある人が多くいた。複数の人を同時に好きになるという自分自身の気持ちと、一対一の恋愛以外は非難されるものであるとするモノ規範的な考え、その両者に引き裂かれて葛藤し、苦悩したというケースは珍しくない。

 例えば、本書第2章に登場するポリアモリストのひとり、遥香さんは、複数の人を好きになるという自分のことを責め、パートナーが気にしないといくら言っても、あくまで「気を遣って」言ってくれているのだ、本当は我慢させているのだ、という罪悪感が高まり、うつ病にもなり、強い希死念慮を抱き続けていた。遥香さんが自己受容できたのは、その時のパートナーと別れて時間が経ち、「あらかじめ、ポリアモリストであることを説明したうえで合意してくれるひと」と交際できるようになった頃からだった。

 こうした葛藤経験は、「ポリアモリーあるある」の一つとして、ポリアモリーについて話し合うコミュニティでもたびたび話題になる。そのような葛藤を経たうえで、「複数を好きになる自分」を認め、「合意した上で、同時に複数の相手と付き合う」という形を求めること。そして、パートナーとなりうる相手たちと、それぞれの納得できる倫理やルールを構築していくこと。そうした実践が、いまも確かに、各所で行われている。

あなたにとって望ましい愛のかたちとは?

 モノ規範への葛藤から、ポリアモリーの実践へ。そんな当事者の姿に対して、モノ規範の忠実なる実行者から、「自己正当化」と解釈されることが珍しくない。

 ただ、その物言いが正確とは限らない。自己正当化とは一般に、自分の非や誤りを認めずに、自分は正しいと周囲に主張するような場合に使われる。ただ、「ポリアモリー」という言葉が用いられてきた歴史の中では、そもそも複数との交際を「誤り」とせず、まずは当事者の間での「自己一致化」が模索されてきたといったほうが適切だ。

 自己一致とは、理想的な自己をめぐる概念と、現実に生きる自分の経験が一致している状態を指す。これは、心の調和がとれた状態でもあり、精神的な健康には欠かせないものでもある。

 逆に自己不一致は、自分自身と対立している状態となる。自分を偽り、ひいては周囲にも虚偽の説明をするような状態は、個人のメンタルヘルスにとっても、そしてパートナーとの持続的な関係性にとってもリスクである。

 ポリアモリーの実践においては、自己一致化のための言語化とともに、パートナーとなる相手たちとの対話が重視される。もちろん、ポリアモリストといっても、十人十色、千差万別である。それは、モノアモリーやモノガミーを実行する人が多様であるのと同様に、である。

 また、自分が複数を好きになる傾向だと把握したとしても、直ちにポリアモリーを実践するようになるとは限らないだろう。人によっては、自分の時間や労力を最優先として捧げることで、ようやく相手の歓心を得られると考え、戦略的にモノ規範を受け入れる人もいるだろう。

 ただ、ポリアモリーという関係様式をあらかじめ知っておくことは、新しい調和の可能性を拡げることは間違いない。自分はどのように人を好きになるのか。どんなふうに人と付き合うことが心地よいと思うのか。本書はあらゆる読者に対し、「その人自身の望ましい関係とは何か」を考えるきっかけになると確信している。

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執筆者プロフィール
荻上チキ(おぎうえちき) 1981(昭和56)年生れ。評論家。社会調査支援機構チキラボ所長。NPO法人ストップいじめ!ナビ代表。著書に『彼女たちの売春(ワリキリ)』『未来をつくる権利』『災害支援手帖』『いじめを生む教室』『もう一人、誰かを好きになったとき―ポリアモリーのリアル―』、共著に『社会運動の戸惑い』、編著に『宗教2世』など。ラジオ番組「荻上チキ・Session」(TBSラジオ)パーソナリティ。同番組で、ギャラクシー賞を受賞(2015年度DJパーソナリティ賞、2016年度ラジオ部門大賞)。
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