全国260カ所の基地を維持できるか
自衛隊員の数は日本の若年人口に比例して減少の一途を辿っており、石破茂政権下で様々な処遇改善策が打ち出されているにもかかわらず、今年6月には4年連続で充足率が減少し、25年ぶりに9割を切ったことが報じられた1。
一方、同月には中国海軍の空母2隻が同時に太平洋上で活動したことが確認されたのみならず、警戒監視にあたっていた海上自衛隊のP-3C哨戒機に80分間にわたって艦載機が異常接近した2。統合幕僚監部の発表によれば、中国もしくはロシアの海軍艦艇が日本周辺で活動し、自衛隊が警戒監視にあたった回数は、2024年度で合計118回(中国74回、ロシア44回)にも上る(なお、対領空侵犯措置は704回)。
また、自衛隊が参加した多国間の共同訓練は2023年度に56回を数え、現在の運用体制になった2006年比で18倍に増加した。内容も高度な連携が必要となる「戦術・戦闘」の項目を含む訓練が2010年代から増え、2023年は全体の64%を占めている3。同年は災害派遣も387回あり、約1万3000人を投入している4。
このように自衛隊は、目減りする人数で増加する任務に対処しなければならない状況にあるが、これを単に自衛隊だけの問題と捉えることは適切ではない。現在国内には陸海空合わせて約260カ所の駐屯地・基地が存在しており5、2025年7月9日には新たに佐賀県(空港)にオスプレイを運用する駐屯地が新設された6。これら全てを、減りゆく隊員数で維持運営することは可能であろうか。冷静に考えれば、それが難しくなることは明白である。
仮に配員数を減らして基地の数を維持しようとすれば、軍事理論で言うところの「戦力の分散」を招き、事態に応じて動員可能な人員数と活動範囲が局限されかねない。逆に、民間企業の様に基地(店舗)数を減らして人手不足に対応しながら、残った基地(店舗)の機能(サービス品質)を維持したくても、そう簡単にはいかない。基地を抱える自治体もまた人口減少など深刻な問題に悩まされており、基地の縮小や統廃合は自治体にもデメリットを及ぼすからである。直近の具体例としては、青森県むつ市の海自基地をめぐる問題が挙げられる。
※なお、陸上自衛隊の拠点は主に駐屯地、海上・航空自衛隊の拠点は主に基地と呼ばれるが、本稿では以後、特に陸自に言及する場合を除き総称として「基地」を用いる。
「基地縮小」に反対した青森県むつ市
2025年3月24日、海上自衛隊の大湊地方隊が横須賀地方隊に統合され、横須賀地方隊大湊地区隊へと改編された7。これに伴い、大湊地方総監部も大湊地区総監部へと名称変更され、地区隊としての任務は警戒監視等の防衛警備を減じてロジスティック支援や災害派遣等に振り替えられた。
この改変は防衛や災害対応などで部隊運用の柔軟性向上を企図したものであったが、2023年8月31日に防衛省が公式発表を行うまでは、大湊地方総監部そのものの「廃止」と報じられたこともあり8、基地を抱える青森県むつ市の山本知也市長が当時の浜田靖一防衛大臣に総監部の存続を要請するなど、地元自治体にも動揺が広がった9。海上自衛隊は体制の変化であって規模縮小ではないことを主張し10、統合後も3000人規模を維持することが報じられている11。それでも、昨夏にはむつ市から防衛省に対し、大湊地区総監の海将としての継続配置、護衛艦2隻の追加配備、むつ市にゆかりのある名称のイージス・システム搭載艦1隻の新規配備、定員規模の維持・体制強化を求める要望書が手交された12。
通常、自衛隊基地といえば、騒音や武力事態等での副次的被害のリスクといったデメリットが注目されがちだが、実際にはむつ市のように自治体が熱心に慰留するケースは珍しくない。そこには、自治体から見た時の、人口・経済・防災の基盤としての自衛隊基地という側面がある。
自治体から見た自衛隊4つの機能(=メリット)
事実として、自衛隊基地は所在する自治体を次の4つの機能で支えている。①常に一定数の若年人口を定住させる人口基盤的機能、②基地の維持運営に関連した雇用・経済機会の創出機能、③基地が存在することで政府から自治体に交付金が支給される財政的機能、④災害発生時の防災拠点としての機能、である。
人口については、基地に勤務する自衛隊員に帯同している家族も含めると、各自治体は相当数の若い世代を確保できる。
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