毎日新聞×読売新聞「戦争記者」対談 
8月ジャーナリズムと戦後80年【後編】

目の前で話している相手に、来年はもう取材できないかもしれない

執筆者:栗原俊雄
執筆者:前田啓介
2025年8月9日
タグ: 歴史 日本
読売新聞・前田啓介記者(左)と毎日新聞・栗原俊雄記者(右)が、戦争報道の今後について議論した
戦後80年を経て、戦争を直接体験した人に取材することはますます難しくなっている。記者として、81年目以降は何ができるのか。戦争体験者が存命のうちにやるべきこと、将来、直接取材ができなくなった時に取り組むべき仕事について聞いた。

ジャーナリズムとアカデミズムの違い

――戦後補償問題を追及する栗原さんに対して、前田さんは旧日本軍の高級参謀の人生を辿るなど、少し異なるアプローチで戦争報道をしています。

 

前田 旧軍の参謀といえば非常に悪いイメージで語られることが多いと思いますが、「本当にそれだけでいいのか」という疑問が出発点にあります。 私たちの世代は、基本的に戦前を全否定する教育を受けてきました。でも「戦前=悪」という単純な構図だけで当時を語ることは果たして正しいのか。

 例えば絶対悪のように語られる陸軍の参謀だった辻政信も、戦後初めて出た選挙でトップ当選しているわけです。大衆に支持されていないとトップ当選なんてできません。絶対悪と言われている人間がなぜ選挙で当選できるのか? そういう疑問があった。戦争に負けた後、「あの戦争の原因は参謀たちだ」と言われていた。そんな人間が戦後社会を生きていくことができたのだろうか。そう思って調べると、有名企業に入ったり、政治家になったりして、意外なほど社会から必要とされて生きているんですね。

 現代に生きる私たちは当事者にはなり得ません。いくら取材しようが、どこまで行っても傍観者でしかない。だったら自分にできることは、第三者の立場から正しいと思われている通説を検証することではないかと考えました。

 

――前田さんは参謀たちの書き残した一次資料なども駆使して、彼らの実像に迫っています。そうしたアプローチは、アカデミズムにおける歴史研究とはどう違うのでしょうか。

 

前田 参謀に限らず、戦場で戦った当事者の多くは亡くなって、遺族でさえ80代以上になっていたりします。遺族も知っている話と知らない話があるので、遺族が知っているのは、家庭での姿です。それが、軍隊や職場での姿と違うことは当然あり得ます。そういう意味では、証言に頼る取材にはどうしても限界が出てきます。

 私が取材対象者の日記などを探すのはそのためです。当事者が書き残したものを読んで、そこに遺族の証言を重ねていく。とはいえ、存命の当事者に会う部分に関しては、記者という立場だと研究者の方よりやりやすいかもしれません。

 アカデミズムとの違いでいうと、私が当事者の日記を読む時は、書かれた内容が正しいかどうか、どうやって歴史の中にピースとしてはめ込もうかということより、書いた本人の主観を重視しています。本人がその時に何を思ったのかを知りたい。たとえ思い込みだろうが何だろうが、本人がそう思っていたという事実が大事ではないかという気持ちでやっています。もちろん、実証的に事実関係を調べることはやります。でも、書かれていたことが間違っていたら、なぜそれを間違って書いたのかということを考えるようにしています。

栗原 当事者が加速度的に減って行く中、ジャーナリズムとしてはオーラル・ヒストリーが最優先だと思います。大和の水上特攻もシベリア抑留も、とにかく実際に体験した人に直接会って話を聴く。残された資料を検証することは10年後や20年後でもおそらくできるけど、目の前にいるおじいさん、おばあさんの話を聴くことは10年後にはもうできない。できる時にやっておかなければ、という意識がすごく強いですね。

 自分自身の記者人生を考えても、先輩のキャリアを見れば現場にいられる残り時間は分かってきます。僕は入社20年目くらいからそのことに自覚的になりました。まずはとにかく当事者の話を聞こうと。

 特攻隊の話はまさにそうです。僕が特攻隊の生き残りに取材して本を出したのが2015年。あれから10年経った現在、航空特攻で出撃して生きて戻った当事者を探すのはかなり難しいと思います。もはやどんなにがんばっても10人も見つからないでしょう。

前田 10人は難しいでしょうね。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
栗原俊雄(くりはらとしお) 毎日新聞社記者。1967年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、同大学院修士課程修了。96年毎日新聞入社。2020年から編集局学芸部の専門記者(日本近現代史、戦後補償史)。著書に『戦艦大和 生還者たちの証言から』(岩波新書、2007年)、『勲章 知られざる素顔』(岩波新書、2011年)、『シベリア抑留は「過去」なのか』(岩波ブックレット、2011年)、『20世紀遺跡 帝国の記憶を歩く』(角川学芸出版、2012年)、『遺骨 戦没者三一〇万人の戦後史』(岩波新書、2015年)、『「昭和天皇実録」と戦争』(山川出版社、2015年)、『戦後補償裁判 民間人たちの終わらない「戦争」』(NHK出版新書、2016年)、『特攻 戦争と日本人』(中公新書、2015年)、『シベリア抑留 最後の帰還者 家族をつないだ52通のハガキ』(角川新書、2018年)、『東京大空襲の戦後史』(岩波新書、2022年)、『戦争の教訓 為政者は間違え、代償は庶民が払う』(実業之日本社、2022年)、『硫黄島に眠る戦没者 見捨てられた兵士たちの戦後史』(岩波書店、2023年)、『大日本いじめ帝国 戦場・学校・銃後にはびこる暴力』(中央公論新社、2025年)、『戦争と報道 「八月ジャーナリズム」は終わらない』(岩波ブックレット、2025年)他。
執筆者プロフィール
前田啓介(まえだけいすけ) 読売新聞記者。1981年生まれ。滋賀県出身。上智大学大学院修士課程修了。2008年、読売新聞東京本社入社。長野支局、社会部などを経て、編集局文化部で近現代史や論壇を担当。著書に『辻政信の真実 失踪60年─伝説の作戦参謀の謎を追う』(小学館新書、2021年)、『昭和の参謀』(講談社現代新書、2022年)、『おかしゅうて、やがてかなしき 映画監督・岡本喜八と戦中派の肖像』(集英社新書、2024年)。
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