パスポート取得に30倍の賄賂も 徴兵制で急変したミャンマーの市民生活

執筆者:村上巨樹 2024年3月26日
タグ: 紛争
エリア: アジア
ヤンゴン港からみた夜景(2023年12月、筆者撮影)
2021年2月の軍事クーデターから3年が経ち、ミャンマー国内ではエネルギー不足や治安の悪化が常態化している。昨年末には、限られた自由を謳歌しつつ日常生活を営む人々も見られたが、国軍が徴兵制の施行を宣言したことで空気は急変。国外脱出を試みる若者が増えている。

 2023年12月、私は半月ほどミャンマーに滞在した。短期間ではあるが、最大都市ヤンゴンと古都マンダレーを散策し、市民生活の現状を垣間見た。

 現在、ミャンマーには2つの政府が存在する。2021年2月1日に軍事クーデターを起こしたミャンマー国軍による軍事政権と、民主派側によってクーデター後に組織されたNUG(国民統一政府)。現状、実権を握っているのは前者なので、ヤンゴンなどの大都市に住む人々は、国軍や警察の動きにどうにか折り合いをつけながら生活するしかない。私の実体験を元に、都市部に住む一般市民の日常生活がどうなっているかをお伝えしたい。

治安の悪化と深刻なガソリン不足

 まずは通信環境について。私はホテルではパソコンを、外出時はスマートフォンを使っていた。どちらもVPN(仮想プライベートネットワーク)が必須だ。スマートフォンについては現地郵電公社MPTのSIMカードを使ったが、それに加えてVPNアプリをインストールしておかないと全く繋がらない。逆に言えば、それさえしておけばGoogle マップやLINE、タクシー配車アプリGrabも使える。中国ほどのインターネット規制は行われていない。このテクニックはヤンゴンに住む友人から教えてもらった。彼らは軍政によるインターネット遮断を回避する方法を知っているのだ。

 ただし、VPNアプリは時々勝手に切れるので、その度に再接続する必要があるし、そもそも繋がらない時もある。万が一外出時に繋がらなかったらお手上げだ。運に左右されるのが現状だ。

 電力事情も悲惨だ。ヤンゴンでは国軍による計画的/強制的な停電が日常茶飯事で、これには軍に反発する一般市民への「兵糧攻め」の一面もある。停電の時間帯は地区ごとに異なり、輪番制で変わる。

 外国人が宿泊可能な中級〜上級ホテルなどは基本的に自前の発電機を備えており、停電が起きても対処できる(たまに対処できない時もある)。しかし一般家庭はそうはいかない。私もたまたまヤンゴンの友人宅を訪ねた時停電に遭った。発電機は無い。そうすると気温30度超えの乾季にあって扇風機もエアコンも冷蔵庫も使えない。こう暑くては寝るに寝られない。対応策として、友人宅は充電式の扇風機を購入した。日没後なら照明がつかないので蝋燭を灯すしかない。今の時代、一般家庭での照明として蝋燭を灯す国がどれだけあるだろうか。

 夜18時を過ぎると人々は家路を急ぐ。夜は国軍や警察の動きが活発になるからだ。私が2023年6月にヤンゴンを訪れた時は「19時までにホテルに帰った方がいい」と地元の人に諭されたが、半年後の12月には「18時まで」に繰り上がっていた。そしてこの時間帯はタクシーがなかなか捕まらない。運転手も家に帰りたいからだ。

 タクシーに乗る時はGrabなどの配車アプリが必須だ。もちろん道端でタクシーを捕まえることも可能だが、運転手が強盗と化すケースもある。Grabは運転手の顔写真・名前・評価が表示されるので変なことができないようになっている。そしてGrabは乗車前に料金が提示されるのでぼったくりを防ぐこともできる。

 タクシーに比べてバスはずっと安価だ。しかし危険が伴う。ヤンゴンに住む友人から「集団強盗が流行っているから絶対に乗るな」と釘を刺された。相手はおよそ7〜8人のグループで、ターゲットを絞ると一斉に襲いかかって来る。他の乗客は見て見ぬ振りだという。

 ガソリン不足も深刻だ。2023年12月はそのどん底の時期で、ヤンゴン市内で頻繁に給油待ちの車列を見た。しかもそれが道路の右車線を独占しているので渋滞の原因にもなっている。早い人は開店前、それも夜明け前からガソリンスタンドに並ぶ。しかし本当にそこで給油できるかはわからない。タクシーで移動中、乗り捨てられた車が道路脇に放置されているのも目撃した。ガソリン価格の高騰ぶりも深刻だが、給油できない場合もあるというのが12月時点での状況だ。

給油待ちの車列(2023年12月、筆者撮影)

 物乞いや、それに準じた人々も多く見かけた。タクシーに乗り交差点で信号待ちをしている時、物売りの姿を見かけた。売る品々はミネラルウォーターや仏花など様々で、売り子の年齢も幅広い。年端もいかない少年少女が一台一台窓ガラスを覗き込んで客を探す姿は、そのあどけなさも相まってしのびなかった。私がヤンゴン市内の食堂で昼食をとっているとき、空腹に耐えかねた少年が恐る恐る店内に入ってきたが、言葉を発する前に店員に怒鳴られ、すごすごと店を出ていった。マンダレーの高速バス乗り場でも、出発時刻を待つ私に痩せこけた老婆が手を差し出し、金を求めてきた。こういった光景はクーデター前にもあったが、目にする頻度は増えている。

日常を楽しむ若者たち

 滞在中、私はデモに遭遇しなかった。ヤンゴンではクーデターが起きた当初大々的に行われていたし、それが沈静化した後はフラッシュモブと呼ばれる散発的に行う形に変わっていった。しかし今はそれすら見かけなくなった。国軍や警察のさらなる締め付けの結果なのだろう。

 とはいえ、街を散策すると反国軍のメッセージを時々見かける。電柱に、トタン板に、郵便ポストに、地面に。「MILITARY COUP MUST FAIL(軍事クーデターは失敗する)」「WE SUPPORT CRPH(我々は連邦議会代表委員会を支持する)」のように文字で伝えるものもあれば、反軍政を意味する三本指のグラフィックアートもある。表立ったデモから、声の上げ方が変わったのだろう。

クリスマスシーズンで賑わうショッピングモール(2023年12月、筆者撮影)

 大変な状況である一方、笑顔溢れる市民の姿も多く見かけた。例えば夜の過ごし方。ヤンゴン港に面したコンテナがうずたかく積まれたエリアにはナイトマーケットや若者向けのクラブや船を改装したレストランがあり、派手な電飾をきらめかせながら営業を続けている。 集う人の数も多く、屋台で酒宴をしたり、路上ライブを行うアマチュアミュージシャンと一緒に有名曲を合唱したりする人々を見かけた。一瞬この国が紛争中であることを忘れてしまうほどだ。

ダウンタウンを走るロードレーサーたち(2023年12月、筆者撮影)

 他にも、大型ショッピングモールは客で賑わい、ゲームセンターでは熱中する若者の姿があり、高級カフェでは着飾った若者たちがSNSに投稿する写真を撮り、ダウンタウンを集団で疾走するロードレーサーもいる。平和ではないし治安も良くない。しかしそれはそれとして、普通の人々が普通の生活を笑いながら過ごしているのもまた事実で、日常と非日常の奇妙な同居が成立している。

 クーデター以降、閉店した店は山ほどあるだろうが、その後新たにできた店も少なくない。その一つに、ヤンゴンでも数少ない漫画喫茶がある。日本語で書かれた日本の漫画が本棚のほぼ全てを埋めているこの店は2023年秋にオープンした。日本のアニメや漫画好きな若者たちが、冷たいジュースを飲みながら漫画を読んだりTVゲームで遊んだりしていた。

路上で拉致、賄賂で解放も

 以上が、私が昨年末に現地で垣間見た市民生活だ。しかし年が明けて事態は急変した。2024年2月10日、国軍が「4月に徴兵制を始める」と発表したからだ。不足する兵力を補う為と見られる。市民の間では不安が広がっており、大使館にビザを求める若者が殺到している。

 2024年3月、ヤンゴンに住む知人に、匿名を条件に今の市民生活や今後の不安/展望についてインタビューした。

――ここ最近、物価の高騰具合はどうですか? 私が訪れた昨年12月は特にガソリンが手に入らなかった印象ですが。

 並んでも手に入らないほどのガソリン不足は解消されましたが、値段は相変わらず高騰しています。12月より10%くらい上がってます。

――電力事情はどんな感じですか?

 それもますます悪化しています。午前5時から午後6時までの間で毎日4時間、強制的な停電が起きています。午後5時以降は回復するけど、それは居住地区によりけりです。例えば明日、私の地区では午後5時から午後9時まで電気がつきません。

――ヤンゴンやマンダレーの治安はどうですか? ヤンゴン市民は今でも夜中に出歩いていますか? 昨年末、ヤンゴン港はクラブやナイトマーケットが賑わっていましたが。

 そうですね……ヤンゴンでは、上位中産階級や上流階級は今でも夜中にパーティーやコンサートに行っています。

 4月の水かけ祭り(※ビルマ暦の新年を祝う行事)までは安全だけど、4月末からまた悪くなる気がします。今、国全体がラカイン州都の戦いの結果に注目しています。もしAA(※少数民族の武装勢力「アラカン軍」)が勝てば、戦いはピィやバゴーにまで及ぶでしょう。

 マンダレーに関しては、午後8時以降出歩くのは危険です。だけど、富裕層やその子供たちは夜中でもバーやクラブに出かけています。

――最近ヤンゴンの路上で、若者たちが拉致されているというニュースを耳にしました。これは国軍によるものですか?

 そうです。自宅からバス停までの間に(そういった拉致が)行われています。

――国軍の報道官は「徴兵制は4月から実施する」と言っています。まだ3月なのに、国軍が若者を拉致して入隊させているのですか?

 まさにそうです。賄賂を払えば解放してくれる場合もありますが、運次第です。なぜなら、金が欲しいか人手が欲しいかはその時々によるからです。

――徴兵制の発表以降、外国への退避を希望する市民が増えているとの報道があります。例えばタイ大使館は申請者を1日400人に制限しましたし、日本大使館はビザ申請予約を電話ではなくメールに切り替えました。今、パスポートを申請するのは難しいのですか?

 公式の手続きと非公式の手続きがあります。前者の場合、予約で大体4カ月待ちです。その後事務手続きを行い、さらに2週間後に受領できます。費用は5万チャット(約2250円)です。後者は、いわゆる賄賂です。受領まで7日で済みますが、費用は最低でも150万チャット(約6万7500円)かかります。

――現状と今後の展開についてどう思いますか?

 まさかここまで戦闘が長続きするとは思いませんでした。全ては、バゴーとタウングーでの戦いにかかっています。これらの町はヤンゴンのボーダーなので。

――今後の希望と言うか、良い兆候はありますか?

 良い兆候で言うなら、ミャンマー国軍が負けることと離脱兵についてですね。もしラカイン州が解放されれば、国軍の拠点であるネピドーで戦うことになるでしょう。私たちは、最後の戦いは今年8月か11月と予測しています。私は、国軍が今年負けることを願っています。

ヤンゴン市内のマンガ喫茶の本棚(2023年12月、筆者撮影)
カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
村上巨樹(むらかみきょじゅ) ギター奏者、作曲家。2016年からミャンマーで音楽調査を行う。著書に『刻まれた音楽とノイズ―ミャンマーのレコード事情―』(Rollers/2020年)がある
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