USスティール買収を目指す日本製鉄が、ドナルド・トランプ前米政権で中央情報局(CIA)長官と国務長官を務めたマイク・ポンペオを助言役に起用した。ポンペオは7月中旬にミルウォーキーで開かれた共和党大会で登壇してトランプ政権の実績を称賛し、「アメリカを再び偉大にしよう」とトランプの下での結束を呼び掛けた。一時は遠のいたトランプとの関係を修復し、仮に第2次トランプ政権が実現すれば重要閣僚として復帰するとの観測も出ている。
CIA長官を1年、国務長官を3年とトランプ政権下で4年間フルに働き、多くの閣僚が短期で政権を離れる中でも生き延びたポンペオは、自らホワイトハウスを狙う野心を持つ政治家でもある。日鉄による買収計画にはジョー・バイデン大統領とトランプ前大統領が揃って慎重姿勢を表明しており、対米外国投資委員会(CFIUS)の承認獲得は容易ではない。ポンペオ起用で活路は開けるのだろうか。
ポンペオは早速8月5日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルに「日本製鉄戦略アドバイザー」として寄稿し、「日本製鉄による買収は米国のためになる」と強力な応援を展開した。中国は世界の鉄鋼生産の半分を占めており、中国に頼らないサプライチェーンをつくるには日米協力しか手段はないと述べ、日本製鉄の買収は「米国の鉄鋼労働者、その家族、米製造業を第一にするための一歩だ」と論じている。CFIUSは外国の対米投資が安全保障の脅威となるかどうかを審議するが、むしろ中国との安全保障上の対決で、日鉄の買収は米国の利になると訴えている。CIA、国務両長官を務めた安全保障のプロの寄稿は、日鉄がポンペオを起用した狙いをズバリ浮き彫りにしている。
野心と忠誠心で勤め上げた4年間
ポンペオは、ジョン・ボルトン、ハーバート・マクマスター両元国家安全保障問題担当補佐官、ジェームズ・マティス国防長官、レックス・ティラーソン国務長官らトランプに反発して辞めていった大物閣僚とは違い、トランプの究極のイエスマンでありながら、トランプをうまく扱う術をもって4年間を勤め上げた。
有名なのが、トランプが韓国の文在寅政権と衝突し「在韓米軍を引き上げよう」とホワイトハウス内で突然言い出した時に、「それは2期目の重要課題にすべきだ」と進言し、いったん断念させたことだ。子供のように感情の起伏が激しいトランプに対するポンペオの「大人の対応」は、第2次政権で入閣した場合にも大いに役立つだろう。
ポンペオは2023年1月に出版した回顧録『Never Give an Inch』 (未邦訳)で、4年間も政権で生き延びられた理由について、トランプと健全な関係を築き、「米国のためだ」と信じて脇目も振らずに仕事をしたからだと説明している。他の閣僚のように、政権の中にいながらトランプの発言をメディアにリークして政策を潰すなど、大統領と戦うことはしなかった。ポンペオはトランプが求めた「忠誠心」を体現した。
トランプ外交は、中国に対する強硬姿勢、極めてイスラエル寄りの中東政策、イランへの最大限圧力、北朝鮮との関係改善、欧州との冷却化など、過去の米外交とは一線を画した。当時の各国元首や外相との会談写真を見ると、ポンペオは前かがみで相手の話を真剣に聞いている。のんびりと椅子に深く腰掛けた姿の写真はない。
トランプは型破りな大統領だっただけにワシントンでは敵だらけだった。そしてポンペオにも敵が多かった。当時、米政府内の反トランプ派の牙城でもあった国務省では、ポンペオが職員を愛犬の世話や理容院の予約など私的な活動に使っていると、監察官が告発する事案があった。頻繁に私的なディナーを開き巨額の公費を使ったとも追及された。監察官室はメディアにリークしてポンペオに打撃を与える作戦に出たが、ポンペオはこの難局を生き延び、最終的にトランプに監察官を解雇してもらって戦いは終わった。
トランプは、仮に当選した場合、第2次政権の閣僚にポンペオを任命するかと聞かれて「分からない」と答えている。ポンペオとトランプの関係は複雑だ。
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