イランを「攻撃しても潰さない」のがトランプ流――サダム・フセイン封じ込めとの近似

執筆者:杉田弘毅 2025年8月29日
エリア: 中東 北米
トランプは米軍から計6カ所の攻撃を提案されたが、戦争の長期化やイランの反撃を懸念し、3カ所だけを狙う作戦を採用した[トランプ米大統領(左)とイラン最高指導者ハメネイ師](C)AFP=時事
12日戦争でアメリカが行った攻撃は、核保有問題が急浮上した当時のプランの焼き直しに過ぎない。イランには措置を講じる十分な時間があったはずで、致命的打撃を受けたとは考えにくい。そもそもイランの体制転換や核濃縮の放棄について、トランプはさほどのメリットや現実性を見ないだろう。イラク戦争を誤りと見なすMAGA派の“反省”も踏まえつつ、9・11以前のフセイン政権に対して用いた「封じ込め」が、アメリカの対イラン政策のベースになっているのではないか。

 不思議な帰結だ。6月にイスラエルと米国がイランを攻撃した12日戦争である。ドナルド・トランプ米大統領は核施設を「完全に消し去った」と宣言した。だが、2カ月後の現在、米国とイスラエルの情報機関の評価の基調は「核開発を2年程度遅らせた」というものであり、イランは秘密施設での再開も可能な態勢のようだ。

 攻撃で憎悪をたぎらせているはずのイランは米国との交渉も模索している。一方米国は最も限定的な攻撃計画を選び、その後も日量150万バレルという大量のイラン原油の「密輸」に目をつぶったままだ1。米イスラエル連合軍によるイラン攻撃は中東世界を大混乱に陥れると恐れられてきたが、そうはなっていない。

 米国が徹底的にイランを潰さないのはなぜか。イラン核問題は解決せず国際社会の歪みとして残るという新常態が意味するものは何だろうか。

作戦は20年前から机上にあった

 そう言えば、こういった作戦のブリーフを受けたな、と思い出すのが、20年前のワシントンでの取材だ。米国での記者生活の前にテヘラン特派員を務めていたことから、米イランの相互憎悪がいつか戦争に発展すると思い、米国の戦争準備をウォッチしていた頃だ。

 ブリーフで見せられたのは、厚さ2メートルの強化コンクリート製の隔壁を貫通弾が直撃し、地下に隠された攻撃機が白煙とともに跡形もなく破壊される実験ビデオ映像だった。ブリーファーの元米海軍大佐は「最新鋭兵器である地中貫通弾(バンカーバスター)を使えば、米軍はこのようにイランの地下核施設を破壊できるのだ」と胸を張った。20年前からイランの核施設が山奥の地下にあり、普通の爆撃では破壊できないことは分かっていたのだ。

 元海軍大佐は企業経営に転じていたが、中東駐留経験を生かしてイラン攻撃を練っていた。「国防総省は常に貫通弾を使う攻撃計画をつくり、大統領の出撃命令に備えている」という説明を受けた。取材手帳を見ると2006年6月のことだ2

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
杉田弘毅(すぎたひろき) ジャーナリスト・明治大学特任教授。1957年生まれ。一橋大学を卒業後、共同通信社でテヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、論説委員長などを経て現在客員論説委員。多彩な言論活動で国際報道の質を高めたとして、2021年度日本記者クラブ賞受賞。BS朝日「日曜スクープ」アンカー兼務。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、国際新聞編集者協会理事などを歴任。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)『国際報道を問いなおす』(ちくま新書)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top