「12日戦争」米・イスラエルの“悩ましき計算外”――イランの「核能力の破壊」「体制崩壊」という戦略目標に生じたパラドックス

イランの国家安全保障最高評議会は、6月24日、イランが勝利を勝ち取ったと宣言することで、事実上、ドナルド・トランプ米大統領が米東部時間23日に発表した停戦の宣言を受け入れた。
22日に実行された米国によるイラン核施設への攻撃に対する報復として、イランは投下されたバンカーバスターと同数(14発)のミサイルをカタールのアル・ウデイド米軍基地に打ち込んだが、これをもってエスカレーションを回避した。米国にミサイル発射を事前通告するという、実にイラン的な高等な歌舞伎芝居付きであった。
イランとしては、トランプ大統領が差し伸べる停戦のオファーを、イランの勝利として演出した上で受け入れることが、自らの体制維持のためにベストな選択と判断したのであろう。
もっとも、イランは停戦が成立する直前にもイスラエル南部のベルシェバなどにミサイルを打ち込み多くの損害を与え、最後まで攻勢姿勢を見せつけた。
一方、米国では、停戦が発表されるとFOXニュースの有名なアンカー、ショーン・ハニティのニュース・ウェブサイトに「Trump’s Iran Strike Opens the Door to a New Era of Mideast Peace and Prosperity」(トランプのイラン攻撃は中東の平和と繁栄の新時代へ門戸を開いた)と題する記事が掲載された。トランプ大統領はトゥルース・ソーシャルで早速この記事のURLを投稿し、繰り返し自身の判断の正しさを強調し続けている。
しかし、中東の現実が、米国のメディアに躍る「中東の平和と繁栄」といった言葉から程遠いことは、今回の戦争を経験したイスラエルとイランの人々がもっともよく認識しているのではないか。今回のトランプ大統領による停戦宣言をもって、イスラエルとイランの「12日戦争」は、エスカレーションの危機を本当に回避できたのだろうか。
本稿では、今回の12日戦争が明らかにした、二つのパラドックスを取り上げて、この紛争の行方を占ってみたい。
中東の“ルビコン”を渡ったイスラエルとイラン
率直に言おう。筆者は、米国が「真夜中の鉄槌(Midnight Hammer)」と銘打った、フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンというイランの3カ所のウラン濃縮関連施設への攻撃と破壊が、「力による平和」を確立したという、トランプ大統領の唱える成功譚を、そのまま受け止められない。イスラエルやイランにいる友人たちも同じ思いではないか。
むしろ、今回の12日戦争は、私たちを未到の領域へと迷い込ませたのではないか。言い換えるならば、これまで正面切った戦いをかろうじて回避してきた、イスラエルとイランは、両者ともにもはや後戻りすることができない、中東の“ルビコン”を渡ってしまったのではないか。

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