「12日戦争」米・イスラエルの“悩ましき計算外”――イランの「核能力の破壊」「体制崩壊」という戦略目標に生じたパラドックス

執筆者:松本太 2025年6月26日
エリア: 中東 北米
6月24日に撮影されたフォルドゥ燃料濃縮施設の衛星写真。施設入口へと通じる道路に空爆によるクレーターが確認できる SATELLITE IMAGE(C)2025 MAXAR TECHNOLOGIES / AFP=時事
イランの核施設に対する攻撃は、トランプ大統領にひとまずの停戦という成果をもたらした。だが、イランの核能力後退は一時的だ。核開発を放棄させるための攻撃が、核査察と交渉の可能性を閉ざし、NPT体制からの離脱すら想定できる皮肉な結果を生んでいる。同時に、イスラエルによる空爆は、イスラム革命体制に対するイラン国民の不満を直ちに結晶化させる方向には作用しないが、逆に停戦の発効はイランの体制崩壊への道を開くかもしれない。

 イランの国家安全保障最高評議会は、6月24日、イランが勝利を勝ち取ったと宣言することで、事実上、ドナルド・トランプ米大統領が米東部時間23日に発表した停戦の宣言を受け入れた。

 22日に実行された米国によるイラン核施設への攻撃に対する報復として、イランは投下されたバンカーバスターと同数(14発)のミサイルをカタールのアル・ウデイド米軍基地に打ち込んだが、これをもってエスカレーションを回避した。米国にミサイル発射を事前通告するという、実にイラン的な高等な歌舞伎芝居付きであった。

 イランとしては、トランプ大統領が差し伸べる停戦のオファーを、イランの勝利として演出した上で受け入れることが、自らの体制維持のためにベストな選択と判断したのであろう。

 もっとも、イランは停戦が成立する直前にもイスラエル南部のベルシェバなどにミサイルを打ち込み多くの損害を与え、最後まで攻勢姿勢を見せつけた。

 一方、米国では、停戦が発表されるとFOXニュースの有名なアンカー、ショーン・ハニティのニュース・ウェブサイトに「Trump’s Iran Strike Opens the Door to a New Era of Mideast Peace and Prosperity」(トランプのイラン攻撃は中東の平和と繁栄の新時代へ門戸を開いた)と題する記事が掲載された。トランプ大統領はトゥルース・ソーシャルで早速この記事のURLを投稿し、繰り返し自身の判断の正しさを強調し続けている。

 しかし、中東の現実が、米国のメディアに躍る「中東の平和と繁栄」といった言葉から程遠いことは、今回の戦争を経験したイスラエルとイランの人々がもっともよく認識しているのではないか。今回のトランプ大統領による停戦宣言をもって、イスラエルとイランの「12日戦争」は、エスカレーションの危機を本当に回避できたのだろうか。

 本稿では、今回の12日戦争が明らかにした、二つのパラドックスを取り上げて、この紛争の行方を占ってみたい。

中東の“ルビコン”を渡ったイスラエルとイラン

 率直に言おう。筆者は、米国が「真夜中の鉄槌(Midnight Hammer)」と銘打った、フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンというイランの3カ所のウラン濃縮関連施設への攻撃と破壊が、「力による平和」を確立したという、トランプ大統領の唱える成功譚を、そのまま受け止められない。イスラエルやイランにいる友人たちも同じ思いではないか。

 むしろ、今回の12日戦争は、私たちを未到の領域へと迷い込ませたのではないか。言い換えるならば、これまで正面切った戦いをかろうじて回避してきた、イスラエルとイランは、両者ともにもはや後戻りすることができない、中東の“ルビコン”を渡ってしまったのではないか。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
松本太(まつもとふとし) 一橋大学国際・公共政策大学院教授 1965年生まれ。東京大学教養学部アジア科卒業後、1988年外務省入省。在エジプト大使館参事官、内閣情報調査室国際部主幹、外務省情報統括官組織国際情報官、駐シリア臨時代理大使兼シリア特別調整官、在ニューヨーク総領事館首席領事、駐イラク特命全権大使を歴任後、現職。著書に『ミサイル不拡散』(文春新書)、『世界史の逆襲 ウェストファリア・華夷秩序・ダーイシュ』(講談社)等がある。【X】https://x.com/futoshi_japan【HP】https://salmon664262.studio.site
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