最大で医師5万人、看護・介護従事者69万人が不足――ドイツが挑む「英語圏」との人材獲得競争

執筆者:駒林歩美 2025年7月4日
エリア: ヨーロッパ
ドイツの病院では外国出身の医師・看護師などの採用が増えている(ノルトライン=ヴェストファーレン州にあるギュータースロー病院のインスタグラムより)
ドイツの医療業界では人材難が深刻で、昨年の調査では国内の病院の96%が過去5年間に外国人医師・看護師を採用したと答えた。外国から有用な人材を獲得するには、言語習得が容易で賃金も高い英語圏との競争に勝ち、ドイツ語を学んでもらう必要がある。ドイツがアピールするのは、「公教育の充実」や、病院が独自に外国人支援の専門職員を置くといった「労働環境の良さ」だ。

 2025年3月、日本全国で医療・介護従事者が、人員の配置基準の見直しや労働環境の改善、賃上げを求めて一斉ストライキをした。背景には、深刻な人手不足に伴う労働環境の悪化がある。

 一方、日本と同様に高齢化が進み、医療従事者が不足するドイツでは、外国から有資格者が積極的に採用されている。すでに医師の4分の1、看護人材の3分の1を移民的背景のある人が占め、純粋なドイツ人だけでは現場を回せないのが実情だ。

外国人医師が全体の15%に

 ドイツでも高齢化に伴って医療や介護のニーズが高まる一方、ベビーブーマー世代(一般的に1956〜1965年生まれ)の一斉定年退職が進んでおり、医療従事者不足が問題になっている。独雇用研究所の調査によると現在、ドイツでは1.5万人以上の医師が不足し、法的健康保険医師中央研究所は2040年までに約3万〜5万人の医師が不足すると推計する。看護・介護人材についても、独連邦統計局は2049年までに28万人から69万人の看護・介護人材が不足すると予想する。

 すでに移民的背景(親の少なくとも一人か、自分がドイツに移住)のある人を含めた医療人材の育成が急がれているが、それだけでは増加する需要に追いつかない。そのため、外国から経験ある有資格者を採用しようとする病院が大多数を占める。2024年のドイツ病院研究所による調査では、ドイツの96%の病院が「過去5年間に外国人医師や看護師を雇用した」と答えた。83%の病院が今後5年間で外国人従業員が増加すると予想する。

 ドイツで働く外国人医師数はここ10年ほどで急増し、2023年末には医師全体の15%となる6万人以上となった。そのうち1割近くを占めるシリア出身者が最も多く、それにルーマニアやオーストリア、ギリシアなどのEU(欧州連合)加盟国出身者が続く。ドイツ国籍を持つものの、移民的背景のある医師を加えると、その割合は全体の4分の1にもなる。

高齢者介護従事者の31%が移民

 外国人看護職員の増加も急速で、連邦雇用庁によると2013年の5%から、2022年までに16%に増えた。近年特に増えているのは非EU加盟国からの移民である。移民的背景のある看護・介護人材を数えると、2023年の独連邦統計局のデータで全体の32%にのぼり、人材の多様化が進んでいることがわかる。

 なお、人材が不足するドイツでは看護・介護に関する資格が近年改革され、2020年から、それまで分かれていた医療看護、高齢者介護、児童看護の3つの資格と研修課程が統一された。日本のように看護師と介護福祉士の資格が分かれておらず、ジェネラリストとしての資格を持って、病院でも高齢者施設のどちらでも働ける。それぞれ追加で専門分野の研修を受け、経験を重ねて専門性を高めるのが一般的だ。外国から来た看護師もどちらかで働くことになるが、高齢者介護分野では移民的背景のある人材がより多く、独連邦統計局によると、ドイツに移住してきた経験のある人の割合は2023年で30.9%にも及ぶ。
もはや移民なしに介護や医療業界を機能させるのはすでに難しくなっている。一方、移民受け入れに反対し、移民的背景を持つ人々のドイツからの大量追放「再移民」を掲げた極右政党のAfDは支持を伸ばしているという現実もある。

 移民の制限が争点となった2025年2月の連邦議会選挙前には、各医療・介護施設がソーシャルメディア上で静かに抗議をした。#Pflege ist bunt(ケアはカラフル)というハッシュタグのもと、一堂に並んだ医療・介護スタッフのグループから移民的背景のあるスタッフが次々にいなくなり、わずかな人しか残らないというビデオが次々に投稿されたのだ。

 

@klinikumdarmstadt Unser Klinikum ist ein Ort, an dem Menschen unterschiedlichster Herkunft, Hautfarbe, Religion und Geschlecht zusammenkommen und gemeinsam Leben retten. Wir gehören zusammen und wir brauchen einander! Wenn du am 23.02. wählen gehst, wähle Menschlichkeit ! ♥️ #vielfalt #bunt #menschlichkeit #wahl #bundestagswahl ♬ Experience - Ludovico Einaudi

 

 昨年12月にシリアでアサド政権が崩壊した際、ドイツの保守政治家からは、ドイツ在住のシリア出身者の帰国を促すような発言が相次いだ。それに対し、真っ先に反対の声明を出したのは、ドイツ病院連盟や連邦医師会だった。

官民あげての医療人材獲得

 ドイツは積極的に外国から医療人材を受け入れているが、他国で発行された医療資格は、ドイツのものとの同等性を認める資格認定を州の認定機関から受ける必要があり、来独後すぐに働けるわけではない。近年の法改正で、熟練労働者の資格認定をより迅速に行えるようにはなったものの、EU加盟国以外の資格の場合、一般的に追加の研修や試験を経て認定を受けられ、初めて働けるようになる。さらに少なくとも中上級、あるいは上級レベルのドイツ語力が必要になる。2022年、外国人看護師の資格認定手続きはドイツで約2.1万件あった(現在、ドイツで働く看護人材数は170万人)。

 世界各地で高齢化が進む今、看護人材の獲得競争が国家間で起きているが、ドイツでは官民で協力してドイツに呼び込むことで、比較的安定して人材を獲得できているようだ。人材送り出し国の政府とドイツ政府が技能人材の受け入れに関する協定を結び、医療人材エージェントや大手の病院が外国から直接看護人材を採用する。

 2020年には外国の技能人材の資格認定をより効率化するための法律も施行された。

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執筆者プロフィール
駒林歩美(こまばやしあゆみ) ドイツ在住のフリーランスライター。東京大学卒業後、コンサルティング会社、東南アジアでの勤務を経てヨーロッパに移住後、フリーランスに。講談社『クーリエ・ジャポン』などのメディアで、欧州事情やドイツ社会について伝える。オランダ・エラスムス大学経営学修士、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 教育大学院 教育学修士。
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