ハーグNATO首脳会合 国防費GDP比5%目標とは何か

執筆者:鶴岡路人 2025年7月5日
エリア: ヨーロッパ
ハーグ首脳会合では米国対策が優先された結果、対ロシアの戦略とアプローチを明確化するという課題が残った[(左から)ルッテ事務総長、エマニュエル・マクロン仏大統領、ポーランドのドナルド・トゥスク首相、フリードリヒ・メルツ独首相=2025年6月25日](C)AFP=時事
防衛力整備をめぐっては、「数字か中身か」との問いが繰り返し投げかけられてきた。「数字ありきではない」と主張されることが多いが、防衛力の中身を拡充するためには一定の予算が不可欠であり、数字にコミットすることが同盟の結束として重要であることも否定できない。「国防費GDP比5%」を打ち出したNATOは、どのような事情と意図のもとにこの目標への合意に至ったのか。

 NATO(北大西洋条約機構)は、オランダのハーグで6月24-25日に開いた首脳会合で、各国の国防・安全保障支出を、10年後の2035年までにGDP(国内総生産)比5%に引き上げることで合意した。

 5%とは大きなインパクトのある数字である。従来は2%が掲げられてきたことを踏まえれば、大胆な増額だといえる。そのため、なぜ5%なのか、その根拠は何なのか、なぜ各国は合意したのか、そもそも何のための増額なのかなど、さまざまな論点が存在する。以下ではこれらの問いへの答えを探りながら、NATOにおける国防費をめぐる問題を検証することにしよう。

ハーグでの合意内容

 ハーグでのNATO首脳会合で合意されたのは、2035年までにGDP(国内総生産)比5%の国防・安全保障支出を達成することだった(宣言文書の第2パラグラフ)。国防支出(中核的な国防所要:core defence requirements)が3.5%、サイバーやインフラなどの国防・安全保障関係支出(defence- and security-related spending)が1.5%という、いわば「二層方式」である。NATOの定義による国防支出には、国防省予算の他に、元軍人の年金、海洋法執行機関の一部の予算などが含まれる。

 ロシアによるウクライナのクリミアの一方的かつ違法な併合を受けて、NATOは2014年9月の英ウェールズ首脳会合で、その後10年でGDP比2%の国防支出達成を目標として設定した。その際は、2%基準に「向かって動くことを目指す(aim to move towards)」という何とも曖昧な表現が用いられた。今回は、「コミットする」と端的に述べている(第2パラグラフ)。首脳会合の宣言文書であるため、それでも法的拘束力を主張することはできないが、コミットメントの度合いは高いと判断できる。

 加えて、期限を決める場合、最後の1年、2年に急上昇させて目標を達成しようとする国が増える。ウェールズでの目標設定後の2015年から24年までの期間の米国以外のNATO加盟国の国防支出の変化をみれば、2015年から2022年の増加率は1%台から5%台だが、2023年には9.3%、2024年は17.9%(いずれも2024年時点の推定値)になっている。多くの国が「駆け込み」で達成しようとしたことが窺われる。

 これだと、各国が10年間かけて均等に国防支出を増加させるよりも、10年間での総額が少なくなる。しかも、急激な増加は、各国の国防省での予算消化能力(absorption capacity)を超える可能性があり効率性にも疑問が生じる。そのため、ハーグ首脳会合では、各国が信頼性を持って漸進的に達成できるように年次計画を提出することが決められた(第3パラグラフ)。この背後には、マーク・ルッテNATO事務総長の強いリーダーシップがあったといわれる。同氏は、最後に急に曲がって上昇する「ホッケーのスティック」のようなやり方はダメだと繰り返し指摘していた。

 今回合意された5%のうち、3.5%の部分が、従来の2%目標と同じ定義の国防支出であり、単純に比較すれば、2%が3.5%になるわけで、75%増である。5%に比べれば低いものの、それでも極めて大きな増加だ。GDP比2%を出発点とすれば、3.5%を達成するには単純計算で(GDPの増加を考えないとすれば)毎年6%弱の増加を10年間継続することが必要になる。多くの国にとって達成は困難だとの声も根強い。

なぜ「5%」なのか

 ではなぜ5%なのか。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、『模索するNATO 米欧同盟の実像 』(千倉書房、2024年)、『はじめての戦争と平和』(ちくまプリマ―新書、2024年)など。
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