ボールはどちらのコートにあるのか――停戦外交の攻防と「トランプ時間」
ウクライナの停戦・和平をめぐる外交の動きが激しい。2025年8月15日の米国アラスカ州での米露首脳会談、そして、同18日にホワイトハウスでおこなわれたドナルド・トランプ米大統領とウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領の会談、さらには欧州首脳を交えた会合はその象徴だった。
目まぐるしく展開される停戦・和平外交にはさまざまな論点が存在するが、そうであるがゆえに、構図や方向といった全体像を把握することが重要になる。2025年1月のトランプ政権発足以降の大きな流れに照らすと、「ボールがどちらのコートにあるのか」が一つの重要な注目点になる。表層的に聞こえるかもしれないし、具体的な事項に関する実質的な進展があるようにはみえないが、それは、各局面でどちらが主導権を握るかということであり、関係国間の力関係、さらには外交交渉の行方に影響する。以下では、この観点から停戦・和平をめぐる外交の攻防を読み解いていこう。
戦争のあり方を変えようとしたトランプの「停戦要求」
トランプ政権は、停戦を前面に掲げることで、出口のみえない戦争のあり方を変えようとしたといえる。これが出発点である。「1日で終わらせる」とした当初の自信は消滅したものの、まずはウクライナに圧力をかけて戦争を終わらせようと試みた。2025年2月28日のホワイトハウスでのトランプ・ゼレンスキー会談の決裂は、その象徴的場面になった。これを受けて米欧関係は一気に危機的状況に陥った。米国が「ロシアの側に行ってしまった」ようにみえたのである。すぐに再開されたものの、米国はインテリジェンスの提供を含むウクライナへの支援を停止する措置にまで踏み込んだ。米欧離間を狙ってきたロシアにとっては、ありがたい敵失だった。
その後、3月11日の米・ウクライナ協議の場でウクライナは、トランプ政権の提案する即時停戦提案を受け入れる用意があると表明した。これが関係修復の一歩になり、さらに、米国・ウクライナ・欧州が一致して、ロシアに対して停戦を求める図式が生まれた。ボールはロシア側に打ち返されたのである。停戦を求める米欧ウクライナに対し、抵抗するロシアという構図である。
トランプ大統領は、2月以降、8月15日のアラスカでの対面会談までの間にウラジーミル・プーチン大統領と、発表されているだけで6回の電話会談を積み重ねてきた。3月18日の電話会談では停戦が議論されたものの、ロシア側はさまざまな条件をつけ、実質的な進展はなかった。
ロシアが、米国の要求をかわし、「時間稼ぎ」を図っていたのは明確だった。戦場で優位に立つロシアは、戦争を継続することで占領地を広げることができるし、それがウクライナに対する圧力の増大にもつながるからである。加えてロシアは、即時停戦では安定的な平和は実現せず、紛争の「根本原因」の除去が必要だと、電話首脳会談を含めたあらゆる機会をつうじて米国側にインプットしてきた。
小刻みに動くトランプの停戦「期限」とロシアの「時間稼ぎ」
それでも、トランプによる停戦要求が消滅することはなく、7月14日にNATO(北大西洋条約機構)のマーク・ルッテ事務総長と会談したトランプ大統領は、「50日間以内」に停戦が実現しない場合、厳しい制裁を課すと警告した。これは唐突な表明と受け止められたが、米国側の苛立ちを示したものでもあった。ロシアに対する制裁に加えて、ロシアの原油などを輸入することでロシアの継戦能力を支えている中国やインドへの2次制裁も言明された。
とはいえ、「50日」の根拠は不明であり、米国の制裁を気にせずにロシアが戦争を続けられる猶予だとする受け止めもあった。7月14日から50日だとすれば、期限は9月2日頃のはずだった。占領地拡大のための夏の攻勢をするには十分な期間ともいえた。しかしトランプは、その期限を待たず、当初の警告から2週間後の7月28日に、今度は「10から12日」での停戦を求めることになる。この期限は8月8日頃だった。
通常であれば、このように期限を区切って相手に何かを要求をする側が主導権を握り、要求を突きつけられた側は守勢を強いられる。ただしこの局面では、中国とインドに対して大規模な2次制裁をかける用意が米国の側に本当にあるのかが問われた。ロシアは、大規模な制裁が実際に発動されれば、継戦能力に深刻な影響が生じかねないため、事態を注視していた。
しかし、その期限が切れ、停戦が実現しないなかで、今度は米国が動かざるをえなくなる。スティーブ・ウィトコフ米特使によるプーチン大統領との面会などを経て、8月15日のアラスカでの米露首脳会談である。期限を切って制裁を警告しても、それを発動できないのであれば、逆に米国が追い込まれる。
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