日米欧「重工業衰退」の将来図(2):米航空産業編[上]――ボーイングに滴り落ちなかった新自由主義の蜜

執筆者:安西巧 2025年6月11日
タグ: マネジメント
エリア: 北米
ドナルド・トランプ米大統領の中東訪問に合わせ、ボーイングはカタール航空から過去最大規模の受注を獲得した。しかしその経営状況は“存亡の危機”が続いている[トランプ大統領とともに経営者朝食会に参加したボーイングのオルトバーグCEO=2025年5月15日、カタール・ドーハ](C)AFP=時事
新自由主義が世界経済の基調をなした過去40年、時価総額を膨張させることに邁進した企業は多くのビリオネア経営者を生んできた。しかし皮肉にも、彼らが統治した企業がさして間をおかずに脆弱化し、会社存亡の危機に陥ったケースも珍しくない。2018~19年に「ボーイング737MAX」が起こした2度の惨事は、M&Aブームの中で被買収企業のマクドネル・ダグラスが買収企業のボーイングの経営を“簒奪”するような奇妙な事態の中で発生した。

 

「オオカミにとっての自由は、往々にしてヒツジにとっての死を意味する」

 ノーベル経済学賞受賞者(2001年)でビル・クリントン政権の大統領経済諮問委員会(CEA)委員長(1995〜97年)などを務めた経済学者のジョセフ・スティグリッツ(82)は、近著『資本主義と自由』(東洋経済新報社、原著The Road to Freedomは2024年出版)でマーガレット・サッチャー(1925〜2013年)やロナルド・レーガン(1911〜2004年)以来の新自由主義が失敗だったと論じている。

 スティグリッツが標的にした新自由主義とは、政府の経済への介入を極力抑え、民営化や規制緩和などによる「自由化」が成長率を高め、富裕層から中間層や貧困層へ富がこぼれ落ち、利益が再分配されて経済全体が良くなるというトリクルダウン(“滴り落ちる”の意)理論に裏打ちされていた。

 サッチャーが英首相の座に就いたのは1979年であり、レーガンの米大統領就任は1981年。以来40年以上にわたり、欧米諸国の経済政策に影響を及ぼしてきた。日本でも、中曽根康弘政権下の3公社(国鉄、電電、専売)民営化をはじめ、首相当時の小泉純一郎(83)が経済財政担当相の竹中平蔵(74)を起用して進めた経済政策はその名も「新自由主義」を掲げていたし、安倍晋三政権発足当初の経済政策の指南役だった内閣官房参与(東大名誉教授、米イェール大名誉教授)の浜田宏一(89)は「アベノミクスはトリクルダウン」と何度も強調していた。

 スティグリッツによると、現在これらの国々の経済・社会システムがおしなべて機能不全に陥っているのは偶然ではない。自由至上主義のリバタリアンは規制を撤廃し、税金を引き下げれば誰もが得をすることを約束したが、この40年余りの間、恩恵を被ったのは富裕層ばかり。中間層の賃金は頭打ちとなって低迷し、下層部はさらに悪化した。米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)はアメリカの上位10%の所得層による支出が全消費者層の支出総額の49.7%に達し、30年前の約36%から大幅に上昇しているとするデータをもとに「経済成長が富裕層の継続的な支出に異常なほど依存している」と報じている(日本版2025年3月3日付『米経済の富裕層頼み、異常なレベルに』)。

 ならば、規制撤廃で更なる自由を得た大企業が繁栄を謳歌しているのかといえば、そうではない。「収益至上主義」や「株価至上主義」を標榜し、コストカットで利益を膨らませ、株価を上昇させた経営者の中から“ビリオネア(億万長者)”が続出していることは周知の通りだが、皮肉なことに、彼らが統治した企業自体の競争力は脆弱化し、会社存亡の危機に陥ったり、解体や身売りを余儀なくされるケースも珍しくはない。

 近年では会社3分割を迫られた米ゼネラル・エレクトリック(GE)の例があり、直近では米ボーイングの経営危機が典型的だ。そして、この2社が2000年代後半以降に苦境に陥ったことには必然性があった。

技術陣は察した「墜落の原因」

「業績を完全に回復させるために必要な改革に取り組む」

 4月23日にボーイングが発表した2025年第1四半期(1〜3月期)業績は、売上高が195億ドル(約2兆7700億円)と5四半期ぶりに増収となったが、最終損益は約2カ月間に及ぶストライキによる納入機数の大幅減が響き3100万ドル(約44億円)の赤字を記録した。前年同期の3億5500万ドル(約508億円)から赤字幅は縮小したものの、最終損失は11四半期連続で継続。年間決算期ベースでは2019年12月期〜2024年12月期の6期連続赤字となり、その合計額は360億ドル(約5兆1800億円)に達する。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
安西巧(あんざいたくみ) ジャーナリスト 1959年福岡県北九州市生まれ。1983年早稲田大学政治経済学部政治学科卒、日本経済新聞社入社。主に企業取材の第一線で記者活動。広島支局長、編集委員などを歴任し、2024年フリーに。フォーサイトでは「杜耕次」のペンネームでも執筆。著書に『経団連 落日の財界総本山』『広島はすごい』『マツダとカープ 松田ファミリーの100年史』(以上、新潮社)、『さらば国策産業 電力改革450日の迷走』『ソニー&松下 失われたDNA』『西武争奪 資産2兆円をめぐる攻防』『歴史に学ぶ プロ野球16球団拡大構想』(以上、日本経済新聞出版)など。
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