米航空産業編[下]:ボーイングに吠えない「連邦航空局」の二律背反

執筆者:安西巧 2025年9月4日
エリア: 北米
最先端のテクノロジーに検査官がついて行けないという問題も[記者会見で米国製ドローンの生産促進を訴えるブライアン・ベッドフォードFAA長官=2025年8月5日、アメリカ・ワシントンDC](C)EPA=時事
6月に墜落したエア・インディア171便は離陸直後に燃料が遮断されたと見られている。遮断はヒューマンエラーか、機体「ボーイング787‐8」に原因があったのか。最終報告はまだ先だが、改めて浮上しているのが米連邦航空局(FAA)の当事者能力問題だ。FAAはアメリカ航空業界の規制・監督当局でありながら、業界の「育成機関」も兼ねている。かつて航空メーカーを「顧客(Customer)」と位置づけ、これへの「サービス」を提供すると謳った“吠えない番犬”の二律背反は、現在でも機体の検査を製造メーカー自身が担うような「監督責任をメーカーに譲り渡す」姿勢に見て取れる。

 インド西部アーメダバードで2025年6月12日に起きた「エア・インディア171便」(米ボーイング787-8型機ドリームライナー)の墜落事故を巡り、現地インドと機体原産国アメリカの“攻防”が世界の航空産業界の注目を集めている。中でも、1カ月後の7月12日に公表されたインド航空事故調査局(AAIB=Aircraft Accident Investigation Bureau)の中間報告書で、「787」のコックピットに設置されている燃料制御スイッチが離陸直後に操作された可能性が示唆されたことが大きな論争を巻き起こしている。

 航空機には左右のエンジンへの燃料供給を制御するスイッチがあり、通常この装置は地上で操作される。エンジンを稼働させる際に「RUN(運転)」、停止させる際に「CUTOFF(遮断)」に合わせるのだが、中間報告書によると、事故機のフライトレコーダーには離陸直後にスイッチが「CUTOFF」に切り替わっていたことが記録され、さらに事故後に回収されたコックピット・ボイス・レコーダーには、一方の操縦士が「なぜスイッチを切ったのか」と尋ねたのに対し、もう一方の操縦士が「そんなことはしていない」と答える音声が残っていた。
 

 

エア・インディア171便墜落に「燃料供給遮断」の謎

 7月17日付米ブルムバーグなどによると、「なぜ切ったのか」と尋ねたのはこの時操縦桿を握っていた当時32歳の副操縦士(「787」での飛行時間1128時間)であり、「していない」と答えたのは監視役をしていた56歳の機長(同8596時間)だったという。

 AAIBの中間報告書に記されたタイムラインを辿ると、目的地の英ロンドン・ガトウィック空港に向けアーメダバード空港を飛び立った171便は約3秒後に最高速度に達したが、その前後の1秒間に左側の第1エンジンと右側の第2エンジンが立て続けに「RUN」から「CUTOFF」に切り替わった。前述した2人の操縦士の問答はこの時交わされたとされる。

 そこからのコックピットの混乱は想像に難くない。2つのスイッチのうち、最初のスイッチが「RUN」の位置に戻されるまでに10秒、もう1つのスイッチが戻されるまでにさらに4秒を要している。この時点で離陸から17秒が経過。航空機事故に詳しい識者は双方のエンジンへの燃料供給が遮断された10秒間が「極めて重要」だったとし、「機体はあまりに低空かつ低速で、推力を得て上昇するためにエンジンを再点火する余裕がなかった」と解説している(7月25日付米ブルムバーグ「エア・インディア機墜落、解明の鍵は『空白の10秒』」)。

 離陸から26秒後にパイロットの1人が緊急事態を伝える無線通信「MAYDAY(メーデー)」を発信し、管制官が応答したものの、返答はなかった。フライトレコーダーの記録は離陸から32秒後に途絶えた。

 AAIBの中間報告書でコックピットの燃料制御スイッチが「CUTOFF」になっていたことがクローズアップされた結果、相反する2つの追及の動きが出てきた。1つは「パイロット過失説」の急浮上である。同報告書は前述した副操縦士と機長の間で交わされたやり取りに触れながら「燃料制御スイッチが離陸直後に操作された可能性」を示唆したのに加え、2023年以降「787-8」型機でスイッチに関する欠陥が報告されていないことが記されていた。

 中間報告書を受けて独自に取材を進めた米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、「エア・インディア墜落調査の焦点は上級パイロットへ」の見出しを付けた記事(7月17日付)を掲載。「米当局の初期評価に詳しい関係者」への取材を元に「ブラックボックスに記録された同機のパイロット2人の会話から、機体の2つのエンジンへの燃料供給を制御するスイッチを切ったのは機長だったことが判明した」と断定。さらにスイッチの「CUTOFF」を質したやり取りの後、副操縦士がパニックに陥ったのに対し「機長は冷静さを保っていたようだ」と同記事中で報じた。

原因を「人為的ミス」に求める“空気”

 AAIBの最終報告書公表は2026年半ばごろが予定され、事故の真相解明はまだ先だ。だが、このWSJのスクープが中間報告書公表後のアメリカ航空産業の“空気”を代弁しているのは間違いない。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
安西巧(あんざいたくみ) ジャーナリスト 1959年福岡県北九州市生まれ。1983年早稲田大学政治経済学部政治学科卒、日本経済新聞社入社。主に企業取材の第一線で記者活動。広島支局長、編集委員などを歴任し、2024年フリーに。フォーサイトでは「杜耕次」のペンネームでも執筆。著書に『経団連 落日の財界総本山』『広島はすごい』『マツダとカープ 松田ファミリーの100年史』(以上、新潮社)、『さらば国策産業 電力改革450日の迷走』『ソニー&松下 失われたDNA』『西武争奪 資産2兆円をめぐる攻防』『歴史に学ぶ プロ野球16球団拡大構想』(以上、日本経済新聞出版)など。
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