ナチュラリゼ 酒井一之『シェフ』

執筆者:船橋洋一 2001年6月号

 横浜山下公園前に係留され、観光名所となっている氷川丸は戦前、日本郵船の旗艦客船として太平洋航路を中心に世界を周航した。一九三〇年に建造、就航して以来、戦時中は海軍病院船、戦後は引き揚げ船、内航船、石炭運搬船、とめまぐるしくその役目を変えた。平和・独立の訪れとともに再び客船に戻ったが赤字続きで、一九六〇年十月に引退した。最後の航海となったシアトル航路の乗客の大部分は留学生だった。すでに、日本航空の太平洋路線が就航していた。 一九六一年、酒井一之がパレスホテルのコック見習いとして働き始めた頃、そこの野菜場でジャガイモや人参を信じられないほどうまく剥く“じっちゃん”と呼ばれる大勢の初老の男たちがいた。彼らは、氷川丸のコックたちだった。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
船橋洋一(ふなばしよういち) アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒。1968年、朝日新聞社入社。朝日新聞社北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年から2010年12月まで朝日新聞社主筆。米ハーバード大学ニーメンフェロー(1975-76年)、米国際経済研究所客員研究員(1987年)、慶應義塾大学法学博士号取得(1992年)、米コロンビア大学ドナルド・キーン・フェロー(2003年)、米ブルッキングズ研究所特別招聘スカラー(2005-06年)。2013年まで国際危機グループ(ICG)執行理事を務め、現在は、英国際問題戦略研究所(IISS)Advisory Council、三極委員会(Trilateral Commission)のメンバーである。2011年9月に日本再建イニシアティブを設立し、2016年、世界の最も優れたアジア報道に対して与えられる米スタンフォード大アジア太平洋研究所(APARC)のショレンスタイン・ジャーナリズム賞を日本人として初めて受賞。近著に『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋)、『自由主義の危機: 国際秩序と日本』(共著/東洋経済新報社)、『地経学とは何か』(文春新書)、『カウントダウン・メルトダウン』(第44回大宅賞受賞作/文春文庫)など著書多数。
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