「大西南」から南へと拡大する中国経済圏

執筆者:樋泉克夫 2004年4月号
エリア: アジア

 広西、雲南、四川、貴州、チベット、それに重慶、成都の両市を加えた地域を大西南と呼ぶ。一九九〇年代初期、北京の首脳陣は異口同音に、「大西南を東南アジア、バングラデシュ、インドに向けて開放し、経済発展を図れ」と力説していた。あれから十年余り。大西南は南に向かって着実に開かれつつある。 たとえば広西チワン族自治区。二〇〇三年十一月までに同自治区に設立された累計八千二百社の外資系企業のうちの七千二百社がタイを中心とするASEAN(東南アジア諸国連合)からの投資。つい最近も、タイでビール第二位のブンロートが中国ビール大手の青島と合弁に踏み切った。四川省をみると、二〇〇三年に進出した台湾企業は五十一社で投資総額は一億五千万ドル。累計では千社をはるかに超えた。成都に建設された海峡両岸科技産業開発園は重点経済開発区に指定され、契約ベースで四十六億五千万ドル強の台湾資金が投資されている。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
樋泉克夫(ひいずみかつお) 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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