先日、新潟の朱鷺メッセで開催された日本国際政治学会の年次大会に行ってきた。援助政策研究を始めてからこの学会の大会には行くようにしている。日本国際政治学会は社会科学系では格段に大きく、今回も、緒方貞子前JICA理事長や北岡伸一国際大学学長を交えたラウンド・テーブル「日本の国際政治学を考える――研究者は政策とどうかかわるべきか」などがあって、おもしろかった。

 学会やセミナーの“あたり”率は10に1つくらいだろうか。10人聞いて1人、「きてよかった」と思わせてくれる人に出会える。今回の収穫のひとつは浅野豊美中京大学教授のご報告「脱植民地化をめぐる帝国的国際政治経済史としての賠償問題:重層的アジア経済協力レジームをめぐる日米アジア特殊関係の展開」だった(表題はいかにも“学会”的ですが)。この人の本『帝国日本の植民地法制』が吉田茂賞や大平正芳賞をとったことは知っていたが、読んではいなかった。

 マクロ経済学の創設者ケインズが晩年、第2次世界大戦後の世界運営について思考をめぐらし、イギリスを代表して対米協議を担ったことは、ブレトン・ウッズ体制に関するケインズ案などを通して知られている。ケインズはこの仕事で燃え尽き、1946年に亡くなった。そのケインズが1942年の時点で提案したのが「世界平和維持費用」の敗戦国負担である。
 説明しよう。ケインズは、第1次世界大戦後ヴェルサイユ条約がドイツに莫大な賠償を課したことに強く反対した。賠償は支払い能力の範囲内に収めなければならないというのが彼の主張であったが(『平和の経済的帰結』1919年)、当時の政府も世論も聞く耳をもたなかった。結局ヴェルサイユ体制は悲惨な崩壊に至って第2次大戦をもたらすが、この経験がケインズに、安定的な戦後処理方法に関する深い洞察をもたらしたのだろうと思われる。「世界平和維持費用」の考え方は、『平和の経済的帰結』よりさらに一歩、ケインズらしく大胆かつ実際的に踏み出している。
 戦争賠償は敗戦国の支払い能力内に収めるが、非武装化されることで両国は軍事支出から解放され、徴兵制も必要なくなるので、戦勝国よりも経済的には有利になるだろう。英仏は多大な戦争被害を被っているにもかかわらず、戦後世界の秩序維持のための費用を過重に負わされかねない。したがって、敗戦国に戦後秩序維持のための費用を負担させるシステムを組み込んでおかなくてはならない。これが世界平和維持費用論である。戦勝国の敗戦国に対する怒りを、一時的な巨額賠償ではなく、長期的で国際的な、未来志向のもので治めさせるようにつくりかえたわけだ。さすがケインズである。

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執筆者プロフィール
平野克己
平野克己 1956年生れ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院経済研究科修了。スーダンで地域研究を開始し、外務省専門調査員(在ジンバブエ大使館)、笹川平和財団プログラムオフィサーを経てアジア経済研究所に入所。在ヨハネスブルク海外調査員(ウィットウォータースランド大学客員研究員)、JETRO(日本貿易振興機構)ヨハネスブルクセンター所長、地域研究センター長などを経て、2015年から理事。『経済大陸アフリカ:資源、食糧問題から開発政策まで』 (中公新書)のほか、『アフリカ問題――開発と援助の世界史』(日本評論社)、『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞出版社)など著書多数。2011年、同志社大学より博士号(グローバル社会研究)。
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