「平和と豊かさ」の処方箋を求めたケインズの人間感と苦悩

執筆者:堂目卓生 2010年3月号
カテゴリ: 経済・ビジネス

 長引く不況の中、八十年前に不況対策として積極的な財政支出を提唱したイギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズ(一八八三―一九四六)の名声が復活しつつある。しかし、ケインズは不況対策を提示しただけの経済学者ではない。また、『雇用、利子および貨幣の一般理論』(一九三六)をはじめとする著作は、彼の人間観の変遷を考えること抜きに理解されるべきではない。
 ケインズの人間観に大きな影響を与えたのは、ケンブリッジの学生時代に学んだジョージ・ムーア(一八七三―一九五八)の哲学である。若き日のケインズは、彼が「ムーアの宗教」と呼んだもの、つまり「美的体験の享受」と「人間同士の交わり」を究極の善として求めるべきだというムーアの主張に熱狂した。
 一方、ケインズは、「ムーアの道徳」、つまり伝統的な知恵や慣習をたよりに社会全体の善を増進すべきだというムーアの主張は受け入れなかった。人間は、伝統的な知恵や慣習などに従わなくても、あらゆる場面で合理的な判断ができると信じていたからである。
 また、ケインズは、見知らぬ他人に対して「善を為す」ために、自分自身が「善の状態にある」ことを犠牲にすべきだというムーアの主張にも同意できなかった。
 しかし、その後、ケインズは、自分が「善の状態にある」ことを捨て、立法者を支える経済学者として、「善を為す」ことに従事したといえる。ケインズは、第一次世界大戦後の一九一九年、イギリス大蔵省の代表としてベルサイユ会議に出席したのをはじめ、三〇年代には経済諮問会議の議員として不況対策に取り組み、四〇年代に入ると、ブレトンウッズ協定や対米借款協定をめぐるアメリカとの交渉において中心的役割を果たした。
 現実世界とかかわりあう中で、ケインズは、不確実な状況の下で、人間がつねに合理的に判断できるとはかぎらないと感じるようになった。
 ある状況に対する判断は個人によって様々であるだけでなく、それら様々な個人の判断が客観的な状況に影響する。不確実性とはこのような複雑な状況を意味する。
 立法者は、不確実な状況の中で、平和と豊かさを実現するための合理的な方策をとらなくてはならない。しかし、立法者といえども完全な判断を下すことは困難であり、伝統的な知恵や慣習を用いながら試行錯誤を重ねていくよりほかはない。
 経済学者は、このような立法者を助けるため、不確実な状況における人間の動機や期待、心理を分析した上で、時代に適した実践的学問を打ち立てなくてはならない。
 一九四五年、ケインズは、王立経済学会の晩餐会でのスピーチを次の言葉で締めくくった。「私は、諸君に乾杯を捧げます。王立経済学会のために、経済学のために、ならびに文明の受託者ではなく、文明の可能性の受託者たる経済学者のために」。
 ケインズにとって「文明の受託者」とは、「美的体験の享受」と「人間同士の交わり」を直接もたらす人びと、たとえば芸術家や文学者を意味し、経済学者は文明が花開くための土台――平和と豊かさ――を担うという意味で、「文明の可能性の受託者」であった。
 第一次大戦後、ケインズは、二度とヨーロッパが戦場にならないよう、経済学者として最善を尽くした。彼の『一般理論』は、不況と国際関係の緊張という状況のもと、ヨーロッパ文明の存続をめざした処方箋であった。しかしながら、結局、ヨーロッパは二度目の戦争に突入し、多くの人命と文明を失った。
 経済学者は、その時点で最良と思われる理論を用いて経済状況を分析し、処方箋を書くのであるが、それが実際に立法者に採用されるか否か、そして意図通りの結果を生むことができるか否かは不確実である。
「文明の可能性の受託者」という言葉には、経済学者としてのケインズの苦悩が込められているように思われる。

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執筆者プロフィール
堂目卓生 大阪大学大学院教授。1959年生れ。京都大学大学院博士課程修了(経済学博士)。18世紀および19世紀のイギリスの経済学を専門とし、経済学の思想的・人間学的基礎を研究。おもに英語圏の学術誌で論文を発表してきた。著書『アダム・スミス――「道徳感情論」と「国富論」の世界』(中公新書)でサントリー学芸賞受賞。
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