ハイチへの多国籍治安支援(MSS)ミッションが映す国際平和活動の新しい形と「対テロ戦争」の影(上)
10月2日、国連安全保障理事会は決議2699を採択し、ハイチへの「多国籍治安支援(Multinational Security Support: MSS)」に国連憲章第7章(「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」)の権限を付与することを決定した。賛成13カ国、中国・ロシアの2カ国が棄権した。安保理では、アメリカの主導で決議の採択プロセスが進められた。9月の国連総会においても、ジョー・バイデン米大統領が演説の中で、MSSの主導国となる意思表明を行ったケニア政府を称賛し、安保理決議の早期採択を促していた。したがって反対票を出さず、圧倒的多数の賛成票を得ての決議の採択は、アメリカとしては重要な外交成果であったと言える。ただしアメリカに比重の高い財政負担がかかる仕組みになっていることは、今後一つの争点になっていく恐れがある。
MSSは、国連PKO(平和維持活動)ではない。国連憲章第7章の権限を付与された、多国籍ミッションである。MSSを構成するのは、軍隊ではない。警察部隊である。MSSは、近隣国のイニシアチブの成果だと言えるが、主導するのは中南米の国ではない。ケニアである。
多国籍の治安活動に国連安全保障理事会が国連憲章第7章の強制措置の権限を付与するのは、1991年湾岸戦争時のアメリカが主導した多国籍軍などのパターンと同じで、決して珍しくない。ただ、ケニアというアフリカの国が、中米のハイチにおける多国籍の治安活動の主導国となるのは、確かに前例のない事例である。
『パートナーシップ国際平和活動』を近年の主要研究題材にしている私が見ると、MSSは大きな流れの中で既存のパターンを踏襲した性格の部分と、斬新な試みの部分がある。その双方が組み合わさって、アメリカ主導の決議案の安保理での採択につながった。
ハイチの情勢は著しく厳しく、MSSどのような結果をもたらすかは、未知数の部分が大きい。ケニア国内では派遣差し止めを主張する人々の動きも見られ、そもそも予定通りにMSSが成立するかどうかですら、不透明だ。MSSの歴史的評価は、当然のことながら、派遣後の活動の結果によってなされることになるが、日本では情報量が少ないために、何が起こっているのかを推察する機会も乏しいだろう。そこで本稿では、今回のMSSへの憲章第7章権限の授権(派遣決定)安保理決議2699が持つ意味に関する考察を行う。
国連・地域組織・MSSが「パートナーシップ」を作る安保理決議2699
安保理決議2699では、まず混迷を深めるハイチの治安情勢への憂慮の念が表明される。その特異な性格は、反政府装勢力による反乱や、狂信的集団によるテロ攻撃のような事情で治安が悪化しているのではなく、武装した犯罪者集団としか表現できない多数のグループによって、政府による治安維持が破綻していることだ。「ギャング(gangs)」という言葉も決議文で用いられているが、殺人、強盗、誘拐、レイプなどの暴力事件だけでなく、人道援助物資を含む広範な物品の略奪と違法売買が横行している。そのうえでそれぞれのギャング集団が、支配領域を確保して乱立している。もちろんその背景には、2021年のジョブネル・モイーズ大統領の暗殺によって一段と悪化した治安情勢の破綻がある。……
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