ハイチへの多国籍治安支援(MSS)ミッションが映す国際平和活動の新しい形と「対テロ戦争」の影(上)

執筆者:篠田英朗 2023年10月16日
エリア: 中南米
ハイチ最大級の武装ギャング集団「G9」の指導者ジミー・シュリジエ(別名バーベキュー=中央)は9月16日、アンリ首相退陣要求デモの先頭に立った (C)EPA=時事
政治機能が破綻しギャング集団が跋扈する深刻な社会不安の中のハイチに、国連安保理は多国籍治安支援ミッションを決議した。国連や地域組織CARICOMと域外参加国が「パートナーシップ」を作り、警察部隊による治安回復を図る新しい「パートナーシップ国際平和活動」の一形態だ。「支援はするが直接介入する意思はない」アメリカと「対テロ戦争」の現場に立つケニアの関係には、ウクライナにおける構図の変種に見える要素もある。(本稿下編はこちらからお読みになれます)

 10月2日、国連安全保障理事会は決議2699を採択し、ハイチへの「多国籍治安支援(Multinational Security Support: MSS)」に国連憲章第7章(「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」)の権限を付与することを決定した。賛成13カ国、中国・ロシアの2カ国が棄権した。安保理では、アメリカの主導で決議の採択プロセスが進められた。9月の国連総会においても、ジョー・バイデン米大統領が演説の中で、MSSの主導国となる意思表明を行ったケニア政府を称賛し、安保理決議の早期採択を促していた。したがって反対票を出さず、圧倒的多数の賛成票を得ての決議の採択は、アメリカとしては重要な外交成果であったと言える。ただしアメリカに比重の高い財政負担がかかる仕組みになっていることは、今後一つの争点になっていく恐れがある。

 MSSは、国連PKO(平和維持活動)ではない。国連憲章第7章の権限を付与された、多国籍ミッションである。MSSを構成するのは、軍隊ではない。警察部隊である。MSSは、近隣国のイニシアチブの成果だと言えるが、主導するのは中南米の国ではない。ケニアである。

 多国籍の治安活動に国連安全保障理事会が国連憲章第7章の強制措置の権限を付与するのは、1991年湾岸戦争時のアメリカが主導した多国籍軍などのパターンと同じで、決して珍しくない。ただ、ケニアというアフリカの国が、中米のハイチにおける多国籍の治安活動の主導国となるのは、確かに前例のない事例である。

『パートナーシップ国際平和活動』を近年の主要研究題材にしている私が見ると、MSSは大きな流れの中で既存のパターンを踏襲した性格の部分と、斬新な試みの部分がある。その双方が組み合わさって、アメリカ主導の決議案の安保理での採択につながった。

 ハイチの情勢は著しく厳しく、MSSどのような結果をもたらすかは、未知数の部分が大きい。ケニア国内では派遣差し止めを主張する人々の動きも見られ、そもそも予定通りにMSSが成立するかどうかですら、不透明だ。MSSの歴史的評価は、当然のことながら、派遣後の活動の結果によってなされることになるが、日本では情報量が少ないために、何が起こっているのかを推察する機会も乏しいだろう。そこで本稿では、今回のMSSへの憲章第7章権限の授権(派遣決定)安保理決議2699が持つ意味に関する考察を行う。

国連・地域組織・MSSが「パートナーシップ」を作る安保理決議2699

 安保理決議2699では、まず混迷を深めるハイチの治安情勢への憂慮の念が表明される。その特異な性格は、反政府装勢力による反乱や、狂信的集団によるテロ攻撃のような事情で治安が悪化しているのではなく、武装した犯罪者集団としか表現できない多数のグループによって、政府による治安維持が破綻していることだ。「ギャング(gangs)」という言葉も決議文で用いられているが、殺人、強盗、誘拐、レイプなどの暴力事件だけでなく、人道援助物資を含む広範な物品の略奪と違法売買が横行している。そのうえでそれぞれのギャング集団が、支配領域を確保して乱立している。もちろんその背景には、2021年のジョブネル・モイーズ大統領の暗殺によって一段と悪化した治安情勢の破綻がある。……

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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