ウクライナへの「武器供与外交」の構図(下)――NATOへの「下からの統合」
携行式の対戦車砲や対空砲にはじまったNATO諸国によるウクライナへの武器供与は、ついに戦車、長射程のミサイル、そして戦闘機にまでたどり着いた。これらによってロシアによる侵略に抵抗しているわけだが、NATO諸国による支援の一部は、現在続いている戦闘のためよりも、長期的なウクライナ軍再建のためのものになっている。これを短期的支援と長期的支援に区分すれば、後者の比重が徐々に増加している点が注目される。
そこで以下では、まず、NATO諸国間での駆け引きの第3の事例としての、F-16供与に関する「戦闘機(供与)外交」をみたうえで、長期的な支援において最大のテーマになるNATO(諸国)部隊との相互運用性(interoperability)の向上、さらにはウクライナにおける武器製造を検討する。戦闘機供与はまさに短期と長期の架け橋的存在であり、相互運用性の向上は、将来的なNATO加盟に向けた「下からの」統合とでもいうべき重要な意味を有している。
NATO諸国間での駆け引き――③「戦闘機外交」
ウクライナによる領土奪還のための反転攻勢においては、さまざまな装備が必要になったが、そのなかで最も不足していたのが航空戦力だった。当初から必ずしも大規模な空軍ではなかったが、2022年2月からのロシアによる全面侵攻の初期に、空軍基地や航空機が集中的に損害を受けたことが大きい。高度な地上戦には近接航空支援と呼ばれる、戦車や地上の火砲ではカバーできない部分の攻撃や防空を担う航空戦力が求められる。しかし、ウクライナ軍にわずかに残った航空戦力ではそうした作戦を実施することが不可能である。
そのため、ウクライナ側は2022年の早い段階から、戦闘機の供与を求めてきた。しかし、NATO諸国製戦車も供与されていないような状況で戦闘機の供与が具体化する可能性はそもそも低く、最後まで引き延ばされたのが戦闘機であった。なお、旧ソ連製の戦闘機MiG-29は2023年3月以降、ポーランドとスロヴァキアから供与されたものの、機数が少なかったこともあり、戦況やウクライナの長期的な能力向上への貢献は限定的だった。そのため、主たる効果は政治的なものだとされたが、戦闘機供与の雰囲気醸成には役立ったといえる。
そして、戦車の際と同様に、戦闘機に関しても焦点は旧ソ連製からNATO諸国製に移ることになった。第一候補として挙げられたのは米国製のF-16だった。同機は欧州でも運用国が多く、しかもノルウェーは2022年に全機を退役したばかりであり、オランダ、デンマーク、ベルギーでも近く退役予定だったため、それらをウクライナに供与するにはタイミングがよかったという事情もある。複数国が使用していることから、訓練や整備に関しても各国が連携しやすく、汎用性の観点で、戦車におけるレオパルトのような位置づけであった。
F-16供与への流れを当初作ろうとしたのも、戦車や長射程ミサイルと同様に英国である。英国自身は同型機を保有していないが、操縦士の育成に関して、実機での訓練に入る前までは、NATO諸国の戦闘機であれば多くの共通性がある。2023年2月のゼレンスキー大統領の訪英時にスナク政権は、ウクライナに対するNATO基準の戦闘機運用のためのパイロットの訓練をおこなうことを表明した。F-16の供与をめぐる議論がまったく進展していなかったにもかかわらず、先陣を切ることになったのである。……
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