ウクライナ全面侵攻から2年の現在地(上)――何が変わったのか/米欧を「変えた」ウクライナ

執筆者:鶴岡路人 2024年2月23日
エリア: ヨーロッパ
ウクライナが抵抗できること、米欧の大規模な武器供与、NATO・EU加盟問題の展開――いずれもロシアの侵攻当初は想定されていなかった[ドネツク州バフムト方面に展開したウクライナ陸軍第93独立機械化旅団「ホロドニー・ヤール」の高射砲隊員が猫を撫でる=2024年2月20日、ウクライナ](C)AFP=時事
最も大きく変わったのはウクライナの抵抗能力への評価だろう。ロシアの誤算のみならず、NATO諸国もこれを過小評価したことは否めない。いまの戦況は、高度な武器供与など欧米も想定外だった支援でウクライナが手繰り寄せた力の拮抗とも言える。自然と「膠着状態」になったのではない。そして、その延長線上にあるのはNATOとEUへの加盟交渉だ。ここでも、実は2年間で驚異的なほどの変化が起きている。

 2022年2月24日にはじまったロシアによるウクライナ全面侵攻から2年が経過した。開戦当初と比較すると、1年後や2年後の状況は当然さまざまに変化する。当事者も専門家もすべてを見通せるわけはないし、予想しないことも発生する。それに応じて見方を変える必要が生じることもあるし、社会における理解も移り変わる。

 他方で、開戦当初と1年後の間には大きな違いがあったものの、それに比べると1年後から2年後までの変化は小さいことにも気づかされる。ロシアによる占領地の拡大や、ウクライナの反転攻勢による領土奪還といった変化も、多くは1年目のうちに起きた。2023年夏の反転攻勢は、領土奪還という意味ではほとんど成果がなく、戦況は「膠着状態」と表現されることが増えている。しかし、実際の前線では厳しい戦闘が日々おこなわれ、犠牲者が出ている。にもかかわらず、全体の構図に大きな変化が生じているようにはあまりみえない。

 2年間の間にこの戦争に関して何が変わり、何が変わっていないのか。全体の構図を変わったものと変わらないものに分けて改めて振り返り、現在地を確認したい。今後を展望するにあたっても、まずはそうした作業が必要になる。本稿(上)では変わったものを、(下)では変わらないものを検討する。

変わったもの(1)ウクライナの能力への評価

 ロシアによる全面侵攻が始まる2022年2月24日以前、あるいはその直後までと同年春から夏以降で最も大きく変わったのは、NATO(北大西洋条約機構)諸国によるウクライナの抵抗能力への評価である。

 当初はウクライナが短期間で敗北してしまうことへの、諦めのような悲観的見方が強かった。筆者も悲観的だった。恐れられたのは、ロシア軍が300万都市のキーウで市街戦をおこなって制圧するという事態ではなかった。キーウ方面に投入されたロシア軍は、そうした作戦を実施するには規模が小さすぎたからである。

 焦点はウクライナ政府の行方だった。国内退避、国外退避、失踪、崩壊、首脳部の暗殺など、さまざまなシナリオが考えられた。実際、米英などはヴォロディミル・ゼレンスキー大統領に対して、首都脱出を提案したと伝えられている。ゼレンスキーはそれを断り首都に残った。「皆ここにいる」という2月25日夜の大統領府近くの路上で撮影された動画は転換点になった。

 ロシアは数日でウクライナを支配下に置く計画だったといわれる。それは、全土を占領して軍が占領統治を行うという意味ではなかった。人口4000万以上の国をくまなく占領するのは困難だ。ロシアが想定していたのは、ゼレンスキー政権の崩壊と親露的な新政権の樹立だったのだろう。そうであれば、全土を占領しないまま、ウクライナの外交・安全保障政策を変えさせることができる。「ウクライナは(ロシアの下に)戻ってきた」と宣言し、当面の目的が達成されることになる。キーウ全体ではなく、大統領府を制圧すればよかったのである。占領軍がいなければ、抵抗活動をする相手も不明確にならざるをえない。

 こうしたことが可能だと判断したためにウラジーミル・プーチンは侵攻を決断したはずだ。そう解釈すれば、彼の判断は必ずしも非合理的だったとはいえない。2014年春のクリミアの一方的併合の際と同様に、武力行使による大きな人的犠牲や物理的破壊がないままに新しい政府ができあがっているような状況になれば、ウクライナへの武器供与もロシアへの制裁もおこなわれる前に「既成事実化」が達成される。他国にとっては、「気が付いたらもう終わっていて手が出せない」という状況である。いわば「クリミア・モデル」だ。

 しかしそうはならなかった。ウクライナの抵抗が強かったからである。これは、ロシアのウクライナ侵攻を正確に予測していた西側情報機関が大きく見誤った点である。2014年以降のNATO諸国によるウクライナの軍改革支援の成果だったと事後的には強調されることもあるが、だとしてもウクライナがどれだけ持ち堪えられるかについては、ロシアのみならずNATO諸国からも過小評価されていたことは否定できない。そして、これは改めざるをえなくなった。

変わったもの(2)米欧の本気度

 2022年2月末から3月にかけてウクライナがロシア軍への抵抗を続け、例えばロシアに首都キーウ周辺からの部隊撤退を強いるにいたり、ウクライナの能力への評価が変更されたのみならず、NATO諸国のウクライナ支援の本気度も引き上げられることになった。

 それが最も顕著にあらわれたのは供与する武器の内容である。当初の携行式対空砲や対戦車砲から、歩兵戦闘車、榴弾砲、ロケット砲へと徐々にレベルが上昇した。ゼレンスキー政権がすぐに崩壊するという評価であれば、大規模な武器供与はできない。供与しても無駄になるだけだし、ロシアの手に渡ってしまうかもしれないからだ。

 しかし、ウクライナがロシアの侵略に抵抗し、さらに、新たに供与した武器を効果的に使用する能力をみせたことで、NATO諸国の武器供与は質的にも量的にもレベルアップしたのである。NATO側が当初の計画どおりに段階的に拡大したのではない。ウクライナに強く背中を押されながら、なし崩し的に拡大してきたのが現実の姿だ。

 例えば2022年夏前に米国が供与を始めた高機動ロケット砲システム(HIMARS)は戦場で極めて大きな効果を発揮した。それが、後の……

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部准教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)など。
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