重慶で何かが起きている

執筆者:野嶋剛 2012年2月9日
タグ: 習近平 中国 台湾

 ここのところ、中国政治の一つの台風の目となっていた重慶で、大きな、しかし、実態がよく分からない動きが起きています。

事態の展開はこうでした。

今月初旬、重慶市公安局長で重慶市トップ(党委書記)の薄熙来の腹心と目される王立軍が突然、職を解かれました。王立軍は公安局長兼市党副書記の任務を離れ、教育担当の副市長になると発表されました。

王立軍はしばらくまじめに教育関係の会議に出るなどして、副市長の仕事をこなしているように見えましたが、海外の中国語サイトに流れた情報などによると、6日に王立軍は学校の行事に出席すると言ってトイレで変装して姿を消した後、成都の米国総領事館に駆け込み、重慶の公安の車両が領事館周辺を「封鎖」しました。

7日夜に王立軍は領事館を出てきて、「おれは薄熙来の犠牲になった。一人じゃ死なない。すべての重要な機密は米国に渡した」と言いはなったといいます。その後、王立軍は軟禁状態に置かれて、党中央の調査を受け始めたとされています。

8日、重慶市政府は王立軍が体調不良により休暇を取って治療に専念するとの発表を行いました。

一体何が起きたのか、ということが問題ですが、時期が時期だけに、政治的な動きが背後にあると誰もが見ています。

次期指導部入りが取りざたされている重慶市トップの 薄熙来にとって、自らが地方幹部時代から引き上げて重慶に引っ張って来た王立軍は「打黒」(マフィア退治)ムーブメントを共に戦ってきた盟友であり、懐刀です。

秋の党大会による指導部交代を控え、誰が次期指導部の中枢を担うのか。親が革命時代の元老である薄熙来は、重慶で派手なパフォーマンスを繰り返しており、いろいろと批判はあるものの、存在感は確かに高まっていました。習近平が総書記、李克強が次期首相という路線は確定とされた時期もありましたが、薄熙来、王岐山、汪洋などの名前も首相候補に取りざたされ、最近はどうもそう簡単にはいかないような空模様になっていました。

それだけに、「太子党」の代表的人物である薄熙来に間違いなくつながってくるこの事件は、胡錦濤のバックにある「団派」の巻き返しではないかという政治謀略説、腐敗をたたいていた自身の汚職が隠しきれなくなったという説など、さまざまな憶測を呼んでいます。

いずれにせよ、秋の大一番を控え、王立軍という「爆弾」の処理が今後、注目されそうです。

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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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