パリ症候群という病気があるそうだ。憧れてパリに住み始めたものの、フランスの習慣や文化にうまくなじめず、精神的にバランスを崩し、鬱病に近い状態になってしまうことだそうで、年間百人ぐらいの日本人が、この症状に悩まされているという。 私自身のパリ滞在初日も最悪であった。地下鉄に乗っていると、扉のそばで、隣の人が「Quelle heure est-il?」と話しかけてきた。フランス語が話せなかったくせに、これはNHKフランス語会話で聞いた「何時ですか」の意味だな、などと迂闊にも反応してしまった。馬鹿正直に腕時計を見て、片言の作文を始めている間に、時間を知りたがっていたはずの男が、発車寸前に降りてしまった。そこで初めて気づいたが、かばんが空いていてお財布がない。

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