クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか?

SARS消滅 もういいの?

執筆者:徳岡孝夫 2003年7月号
エリア: アジア

 新聞の一面から、やっと新型肺炎(SARS)のニュースが消えた。われわれは怖い病気を封じ込めたのだろうか? 北京では患者の増え方がヒトケタになった、それが何日続いたと、減った人数だけを喜んだ。われわれは北京市民と共に喜んでいいのか? 十四世紀のヨーロッパを潰滅状態に陥れ、当時の全文明世界で六千万から七千万人を殺したというペストは、ネズミとネズミノミの媒介だったが、ノミに吸血された人間が感染源になってからは、咳などの飛沫感染によって伝播した。今回の肺炎と似ている。 ボッカッチョは、その惨状を『デカメロン』の冒頭に描いた。現代人では米作家バーバラ・タックマンが『遠い鏡』に書いている。後者によると、最初ロシアの被害はさほどでなかった。イタリアに上陸したペスト禍は、ロシアに達して止まったかに見えた。ロシア人は(今日の北京人と同じように)大いに喜んだ。

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執筆者プロフィール
徳岡孝夫(とくおかたかお) 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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