「資源ブーム」終焉と「新型コロナ」経済危機が突きつけた構造的問題

執筆者:遅野井茂雄 2020年9月9日
タグ: 新型コロナ
エリア: 中南米
 

 月刊の国際政治経済情報誌として1990年3月に誕生した『フォーサイト』は2010年9月にWEB版として生まれ変わり、この9月で10周年を迎えました。

 これを記念し、月刊誌の時代から『フォーサイト』にて各国・地域・テーマの最先端の動きを分析し続けてきた常連筆者10名の方々に、この10年の情勢の変化を簡潔にまとめていただきました。題して「フォーサイトで辿る変遷10年」。平日正午に順次アップロードしていきます(筆者名で50音順)。

 第3回目は【中南米】遅野井茂雄さんです。

 

 2010年の中南米は、リーマンショックの影響でマイナス経済に転落した前年からV字回復を遂げた。21世紀に急速に関係が強まった中国経済と、価格急騰に伴う「資源ブーム」の成せる業であった。「ブーム」を背景に、新自由主義を否定することで台頭した多くの左派政権が、米国発の金融危機を乗り越えたという自信を抱いていた。

 しかし、まもなく楽観主義は暗転、各国は厳しい現実と向き合うこととなった。

 2014年には、中国経済の減速などを背景に資源価格が下落し、それ以降、中南米は1人当たりのGDP(国内総生産)成長率で年平均マイナスに沈んだ。左派政権の凋落ぶりを象徴したのが、巨額汚職が摘発される中で反政府デモが続き、リオデジャネイロ五輪を直前に大統領弾劾に至ったブラジルである。

 左派政権は、一時の繁栄を謳歌するために潤沢な収益を社会政策や消費に注ぎ、国民の支持をつなぎ留め、インフラの改善や税制改革、インフォーマルセクター(非正規雇用部門)の対策など生産性向上に向けた改革の努力を怠ったのである。そして「ブーム」の終焉とともに破綻を迎える。

 それは、1970年代の資源ナショナリズムを背景に起きた南北問題の隆盛の中で対外債務を膨らませた中南米諸国が、80年代の債務危機を経て経験した「失われた10年」に酷似している。

 そして2019年末には、長引く不況を背景に、暴力を伴う大規模な反政府デモがチリを含め連鎖的に発生。続いて、今年には新型コロナウイルスの感染拡大である。

 経済を優先したブラジルはもとより、厳しい隔離策で臨んだペルーを含め、ほとんどの国で封じ込めに失敗。経済再開と相まって、中南米は6月以降、パンデミックの中心と化した。

 感染拡大の背景には、脆弱な医療体制と貧富の格差の大きさに加え、インフォーマルセクターの比率が高く、都市貧困層の住環境と交通インフラが劣悪で、隔離策が機能しなかったことがある。軽視されてきた構造的課題があぶり出された形だ。

 5年続いた不況に追い打ちをかけた100年に1度の経済危機である。

 国際通貨基金(IMF)の見通しでは、2020年の中南米経済はGDPマイナス9.4%と、世界でも最大の下落となる。13%を超す失業率、2億3000万人に達する貧困人口の急増など、影響は甚大だ。

 問題は政治的インパクトだ。

 政府による財政支援や給付策がなされており、世界恐慌後の1930年代に見られたゼネスト、軍政、独裁といった混乱を繰り返すことはないと思われるが、財政的な余力のある国は少なく、国民の不満が暴発する可能性は排除できない。

 分断を乗り越え、長期的な視点に立って、持続成長への課題や格差是正といった積年の構造的問題を踏まえた再建策が、今ほど求められている時はない。

 

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執筆者プロフィール
遅野井茂雄(おそのいしげお) 筑波大学名誉教授。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より筑波大学大学院教授、人文社会系長、2018年4月より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『試練のフジモリ大統領―現代ペルー危機をどう捉えるか』(日本放送出版協会、共著)、『現代ペルーとフジモリ政権 (アジアを見る眼)』(アジア経済研究所)、『ラテンアメリカ世界を生きる』(新評論、共著)、『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(アジア経済研究所、編著)、『現代アンデス諸国の政治変動』(明石書店、共著)など。
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