「100歳まで働く」カギは「モザイク型就労」と「アイデンティティ」

執筆者:檜山敦 2022年5月21日
タグ: 日本
エリア: アジア
高齢者就労をサポートする情報プラットフォーム「GBER(ジーバー)」(写真すべて筆者提供)
高齢者の就労支援は、労働力不足、孤立防止といった社会問題を解決する。千葉県柏市ほかでは情報プラットフォームGBERを使った社会実装実験がスタートした。就労する側も採用する企業も、「モザイク型就労」などの新しい試みを取り入れることで「人生100年」時代の働き方を追究する取り組みが広がっている。

 「物数をばはや初心に譲りて、やすきところを少な少なと色へてせしかども、花やいや増しに見えしなり」

 世阿弥が風姿花伝で父、観阿弥が52歳で亡くなる直前に、駿河国の浅間神社に奉納した申楽能を評した言葉である。ほとんどの演目を若い者に譲り、身体に無理のないところを控えめに工夫をこらしていたが、その演じる花はなお盛りにみえたということだ。風姿花伝の年来稽古条々は7歳に始まり、この五十有余で結ばれる。

 そして現代、戦後から今日にかけて私たち日本人の寿命は80年を超えるまでになった。老後の舞台をどのように演じるか、五十有余以降の年来の稽古を模索している。室町時代と違うところは若い者が少数となっているところであろうか。体力もいかばかりか充実しているかもしれない。しかし、五十有余のくだりは重要な示唆を含んでいると思われる。若い者とは一段違ったレイヤから自身の演目を見出し、そこを無理せず演じきる。若者と同じ尺度で自身を捉えないところに円熟の魅力が垣間見えるのだろう。

 老年期の価値を模索する思索について、哲学者・中村雄二郎が監修した書籍『老年発見』の中で哲人たちが思考を巡らせていた。1993年のことである。その冒頭で中村は老年問題を考えるときに、近代の壮年男性モデルといえるような効率重視の線形の価値観であり評価尺度から脱却し、ノンリニアやマルチリニアな価値観の獲得、あるいは復権を唱えていた。そこから30年の時を経て、ようやく我が国は高齢者就労の活性化に向けて具体的な手を打ち始めているように感じる。

 しかしながら、昨年4月の高年齢者雇用安定法の改正や高齢者と定義する年齢を引き上げる視点は、依然として壮年男性モデルの価値観に基づいたものではないだろうか。老年期に対するネガティブなイメージをより高年齢者に被せていることには変わりない。当事者たちからは「『高齢者』と呼ばれたくない」という声がある。それに呼応して老年期を指して、いままで「シルバー」や「プラチナ」等の呼び方が発明されてきた。私も高齢者・高齢社会を科学するジェロントロジーの研究に携わるようになって「シニア」という言葉を選んで使ってきた。

 だが、やがては「シルバー」と呼ばれたくない、「シニア」と呼ばないで、と言われ始めるように、結局は肯定的な価値を含んだ言葉が提案されてはそこに否定的なイメージが重ねられていくということのイタチごっこになっている。それはやはり社会の中に壮年男性モデルの価値観のまま老年期が捉えられ続けていることによるものだろう。

 ある名誉教授が学問領域を表す言葉には、それだけでよいことをやっている印象を与えてしまわないように、価値を含まない言葉が望ましいという話をかつてされていた。「機械工学、電気工学、情報工学は追究する対象を純粋に表している。しかし、”知能”という言葉は微妙かもしれない」というような文脈だったか。確かに「高齢者」という言葉は価値を含まずに純粋に年齢の数字が大きいことだけを指している。

 そう考えると変えるべきは言葉でなく「高齢者」に対する捉え方の心理であることが分かる。表面的な言葉にこだわってきたことで逆に新しい価値観の獲得から遠ざかっていたのではないだろうか。私たちが求めるべきは高齢者と呼ばれないことで従来の価値観の沼にはまることではなく、老年期の「まことに得たりし花」を見出すことである。私も本稿では「シニア」ではなく敢えて「高齢者」という言葉を選ぶことにする。

やれるときにやる「モザイク型就労」

 私は研究の中で高齢者の社会参加と就労を活性化する情報プラットフォームの研究開発に取り組んでいる。その成果の一つにGBER(ジーバー): Gathering Brisk Elderly in the Region(地域の元気高齢者を集める)というプラットフォームがある。実装実験に参加して下さっている当事者からその響きに愛着を持っていただけているGBERであるが、地域の仕事やボランティア、生涯学習や趣味のイベント等の様々な活動と地域に住まう高齢者とを結びつけるウェブアプリケーションである。

 このGBERの設計哲学の一つにモザイク型就労というものがある。モザイク型就労というのは老年期における「働く」を考えたときに、心身のコンディションを考慮して一人がフルタイムで働くということではなくて、複数人で一人分の仕事をこなす働き方である。自分が空いている時間で、身近な地域で、やれることやってみたいことに従事することをサポートする。そして、たとえ急に体調が優れなくなったとしても、別の誰かが代わりに参加してくれる。ここに観阿弥が若い者との間で見出した立ち位置に通ずるところがある。

 GBERの社会実装研究を最初に展開したのは千葉県柏市にある一般社団法人セカンドライフファクトリーである。セカンドライフファクトリーは東京大学高齢社会総合研究機構での「いきがい就労プロジェクト」を通じて誕生した。東京大学柏キャンパスに定年退職後の社会参加と就労に関心を持つ市民を集め、定期的に就労セミナーが開催され、そこに集まった高齢者を核としたコミュニティだ。私もモザイク型就労の考え方と、その柔軟な働き方をサポートするマッチングツールとして情報通信技術の必要性についてセミナーで話す機会があった。

 そのセカンドライフファクトリーの中で、退職後は自然と触れ合いながら社会との繋がりを保ちたいと考えているのがガーデンサポートのグループだった。ガーデンサポートのメンバーは柏市の住宅でのガーデニングの仕事を自ら開拓し、グループで短時間で仕事をこなすことを売りにしている。

 ガーデンサポートのメンバーはGBERに当面のスケジュールを入力している。地域の住民から依頼を受けたときにグループのリーダーはGBERでメンバーのスケジュールを一覧し、作業日程を組む。日程が決まると就労可能なメンバーから作業場の地理的な関係、出動回数やスキルを考慮して実際に出動するメンバーが決められる。1回の出動には10名程のメンバーが集まる。急な予定変更などで出動が困難になったメンバーがあっても、代わりに都合のつけられるメンバーの情報も把握できるので交替も無理なく行えるシステムになっている。

 2016年4月から実証を開始し、2022年で6年目を迎える。2020年からの2年間はコロナ禍の影響で、特に最初の緊急事態宣言が発出されてからしばらくの間は活動を自粛せざるを得ない状況に置かれてしまった。緊急事態宣言下が繁忙期で無かったことと、植栽はいずれは手入れをしなければならないものであることから、感染状況が落ち着いている時期に仕事が集中する形となり、出動回数そのものはコロナ前と遜色ない結果となっていた。30名ほどの小さなコミュニティであるが、この6年間で延べ6000名ほどの出動人数を数える。

各地で始まったGBERに「オンライン」の壁

 柏でのGBERの活用が軌道に乗っていることを受けて、自治体との連携を通じて地域の高齢者と地域の様々な種類の仕事とを結びつけることを目指し、2019年からGBERの社会実装研究は新たなフェーズに入った。2019年9月から熊本県での実証が開始され、2021年3月に東京都世田谷区、2022年初旬に福井県と八王子市で地域の高齢者もしくは高齢者コミュニティを対象に提供がスタートした。

熊本県長洲町シルバー人材センターでのGBER活用事例。長洲町の地場産業である鑑賞魚の競売補助の働き手をGBERで募集した

 GBERも柏版からアプリ画面のデザインも新たに、地域の中の多様な仕事やボランティア、趣味のイベント等も登録できるように地域高齢者の日常生活デザインのインフラとして活用されることを目指して機能の再編を行っている。しかし、自治体連携を開始した直後から緊急事態宣言に見舞われ、熊本県や世田谷区では柏とは異なりインドアのホワイトカラーの仕事も多いことから高齢者の外出自粛の影響を強く受けた。そして利用者である高齢者や地域の求人事業者等とは対面ではなく、オンラインでセミナーを実施する形で利用者コミュニティをつくっていくことの難しさがあった。福井県と八王子市は開始直後なので今後に報告の機会を持ちたい。

 まず熊本県では既存の高齢者コミュニティの就労活動を効率化する形でGBERの利用が始まり、徐々にGBERを通じたマッチングへのデジタルトランスフォーメーションが進められている。次に世田谷区では、就労を希望する高齢者個人と働き手を求める区内の事業者とをゼロから集めてGBERに参加していただくところからスタートした。

 これは一段と難しい課題である。柏のように一連の就労セミナーを終えて参加者間での関係構築と就労へ向けての一定の方向付けを行った上で実際の就労活動がスタートしたところと異なり、就労を希望する人それぞれが異なるイメージで仕事を探しているところからスタートする。地域高齢者を対象にした仕事の開拓も地域企業に同時に働きかけていかないといけないので、お互いのニーズにずれがあることが前提となる。そこが数年間かけて実施する大学の研究開発プロジェクトと自治体の単年度事業との大きな違いでもある。

 2021年は都内での新型コロナウイルス感染が急速に広がっていく中でのスタートとなり、対面で就労希望者や求人事業者を交えたセミナーを実施することはできないため、オンラインでのセミナーを当初から展開した。地域からは福祉業、建設業、保育業等の事業者を中心に仕事が集まってきた。様々な経験を持つ高齢者が参加しやすいように業務分析を行い、企業の役員や社員のサポートになる仕事を切り出してもらうように働きかけてきた。データ入力、現場報告、法務、企画・制作、機器メンテナンス、環境保全といった業務が発掘されてきた。ブランクのある方がITスキルを活かしたいということでGBERに参加して、建設業でのデータ入力業務にすぐにマッチングされたケースはあったが、全体的にはなかなかマッチングは進まない。

 オンラインでのセミナーでは、就労希望者には求めている働き方を話してもらったり、求人事業者には企業理念や事業の困り事を共有してもらったりすることで、お互いの理解を深め、心理的距離を縮めてもらえるような場を繰り返し設けていった。そして具体的な課題も見えた。老年期の就労といっても、いざ仕事を探し始めると業務内容よりも業種に意識がとらわれてしまうところがある。福祉事業者からの求人は介護業務そのものを募っていないにもかかわらず、「介護の仕事はちょっと」という敬遠される場面もあった。

 逆に、求人事業者側も高齢者の求める働き方を知っていく中で求人内容や方法を再考していく必要があった。高齢者は定期の雇用というより、単発の業務の方が参加のハードルが下がること。特にオンラインでは難しいことだが、業務イメージを伝えられないとそこで働くイメージを持ってもらえないこと。具体的には、建設業においてドローンを使って住宅の屋根を空撮点検するというユニークな業務に対しては、ドローンの操作は難しいだろうという印象が持たれていた。

 そこでドローンによる空撮点検については、いきなり仕事案件とするのではなく、仕事「体験」案件として募集するところから始めるように求人ステップを提案した。それからセミナーを通じて、GBERに参加する高齢者のスキルが見えてくると、語学が得意なら外国人労働者とのコミュニケーションを円滑にしていくために社員研修をやってもらえないかといった新しい求人案件が見出されていく場面もあった。

「アイデンティティ」の持ち方で「仕事観」が変わる

 地域の高齢者も、求人事業者も、これからの高齢者就労を開拓していくためには、現役時代の就労観や現役世代を対象にした求人観や高齢者への先入観から脱却していく仕掛けが必要である。高齢者の地域貢献への一歩を踏み出しやすくしていくためにも、高齢者自身も現役時代のメンバーシップ型の就労で染みついた、自分のアイデンティティを委ねる会社を探してしまう視点と業種に対する先入観の払拭が必要だ。

 会社ではなく、自分のできること、住まう地域全体にアイデンティティを持っていき、様々な地域企業のそれぞれにできることを分配していくイメージを持つと一歩を踏み出しやすくなるかもしれない。地域企業も高齢者に対する先入観を払拭し、高齢者人材を知るステップを設け、求人形態も定期の雇用からモザイク型の求人へ向けた考え方を取り入れていく必要がある。そして、テクノロジーや法制度がその動きをサポートするものになっていくことで、老年期の「新しい花」を咲かせる土壌が育つだろう。

カテゴリ: 社会
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執筆者プロフィール
檜山敦 一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター教授。1978年生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。人間拡張工学、複合現実感、ヒューマンインタフェースを専門として、超高齢社会をICTで拡張するジェロンテクノロジーの研究に取り組んでいる。東京大学大学院情報理工学系研究科特任助教、同大学先端科学技術研究センター講師、特任准教授を経て、2022年4月より現職。東京大学先端科学技術研究センター特任教授を兼務。Laval Virtual Trophy、IFIP Accessibility Awardなど受賞。著書に『超高齢社会2.0 クラウド時代の働き方革命』(平凡社新書)。
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