憤り幻滅する「Z世代のアメリカ」(上)――同性カップルへのサービス拒否を「表現の自由」と認めた最高裁判決
いまや前大統領ドナルド・トランプの最大の功績ともいわれているのが、連邦最高裁の保守化だ。トランプが4年間の任期の間に、合計3名の保守派判事を任命したことで、保守派判事が6名、リベラル派判事が3名となり、保守派が絶対多数を占めるに至った。昨年から今年にかけて、保守化した最高裁は「アクティヴィスト裁判所」と呼ばれるほど、社会を大きく保守的な方向へと揺るがす重要な判決を下してきた[1]。まず昨年6月、人工妊娠中絶の権利を憲法上で保障した1973年のロー対ウェイド判決を覆し、アメリカ社会を震撼させた。
さらに今年の6月、最高裁は3つの判決でアメリカ社会に再びの衝撃を与えた。6月29日最高裁は、アメリカの大学で1960年代以降、人種差別を是正するために導入されてきた積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を違憲とした。同措置は、入試選考で、歴史的に不利益な立場に置かれてきた黒人やヒスパニック系を優遇する措置で、1970年代以降、白人から「逆差別」との批判も高まってきたが、目的を「多様性の確保」に変えつつ措置そのものは存続してきた。しかしこのたび最高裁は、積極的差別是正措置は憲法修正14条で定める「法の下での平等」に反するとしたのである。
1. 保守化した最高裁が揺さぶる社会
■煽られる「マイノリティ間の対立」
事の発端は、アジア系の学生団体「公平な入学選考を求める学生たち」がハーバード大とノースカロライナ大の選抜で「アジア系が差別されている」と訴えを起こしたことにある。この団体は自然発生的に成立したものではない。団体を組織したのは保守活動家のエドワード・ブラム。これまでにも積極的差別是正措置を撤廃に追い込むための訴訟を次々と起こしてきた人物だ。投票における人種差別を禁じた投票権法を骨抜きにした2013年の「シェルビー郡対ホルダー判決」への関与などでも知られる。
積極的差別是正措置をめぐる裁判は過去にもあったが、今回の裁判は、積極的差別是正措置の「新たな犠牲者」としてアジア系が前面に出てきたことに特徴があった。ブラムは黒人やヒスパニック系より自分たちは大学の選考で優遇されていないと感じているアジア系アメリカ人を組織し、そのことにより問題には、白人マジョリティ対人種的マイノリティの対立だけでなく、マイノリティ同士の対立が含まれることになった。
そしてまさに、マイノリティ間の対立を煽り、有色人コミュニティの団結を切り崩し、積極的差別是正措置を撤廃に追い込むことにブラムの狙いがあり、その狙い通りの展開となった。判決直後の世論調査では、5割超が積極的差別是正措置は違憲であるという最高裁判決を支持し、支持しない人を20%上回った。人種別で見ると、白人とアジア系は6割ほどが最高裁の判決を支持、黒人だと25%、ヒスパニックだと40%の支持となり、評価が分かれる形となった[2]。
判決で多数派意見を書いたジョン・ロバーツ最高裁長官は、学生が人種ではなく純粋に能力によって評価される社会が目指されるべきだと強調した。これは理念としては誰もが賛同するところだが、いまだに人種の差異が学生の境遇にいかに大きく影響しているかを過小評価した意見でもある。数年前にニューヨーク・タイムズ紙が100以上の大学を対象に行った調査によれば、数十年にわたる積極的差別是正措置の歴史があっても、競争率が高い大学では黒人とヒスパニックの学生の比率は伸び悩んできた。昨今のアイビーリーグの新入生に占める黒人学生の割合は9%前後だが、これは1980年とほとんど変わっていない[3]。もはや積極的差別是正措置の必要がないほど、アメリカ社会では人種平等が実現されたとは到底いえない現状があるのだ。
今回の判決はアメリカ全土の大学に適用され、既に複数の州で公立大学の入学試験で人種を考慮することを禁止する措置がとられている。今後トップスクールで黒人やヒスパニック系の学生の割合がさらに減ることは必至とみられる。
■2023年だけで500近い反LGBTQ法案
これに続いて6月30日、連邦最高裁は、「結婚は男女間の関係」と信じるコロラド州在住のキリスト教徒のウェブデザイナーが、同性カップルの結婚式に関する依頼を断れないのは憲法が定める「表現の自由」の侵害だと主張したことについて、ウェブデザイナーを支持する判決を下した(「303クリエイティブ有限会社対エレニス裁判」)。コロラド州は性的指向を理由とする差別を禁止しているが、最高裁は米国憲法で保障された「表現の自由」に基づき、ウェブデザイナーに対し、信念に反するメッセージの発信を強制することはできないとした。この最高裁判決により、今後他州でも、事業主が「表現の自由」を理由に、性的少数者へのサービスの提供を拒否するケースが多発していくのではないかとも懸念される。
アメリカ自由人権協会によれば、2023年だけで、LGBTQ教育の禁止や未成年へのホルモン療法の禁止など、LGBTQの権利を制限する500近い法案が全米各州で提出された[4]。このたびの最高裁判決を受けて、既に進行してきた反LGBTQの動きが一層加速する恐れもある。
さらに同日、連邦最高裁は、バイデン政権が昨年発表した中低所得層を対象とする学生ローン返済免除は、法律が定める行政府の権限を超えているとして、その効力を認めない判断を下した。この判決の影響をこうむる人は4000万人超に及ぶ。政権の看板政策の1つだけに、再選を目指すジョー・バイデン大統領にとっても大きな打撃だ。この判決も保守派判事6名が賛成し、リベラル派判事3名が反対した。
マイノリティや社会的な弱者の権利を深刻に後退させる判決が続く中、最高裁への幻滅は民主党支持者に着実に広がっている。判決後に行われた世論調査では、4分の3を超える割合の民主党支持者が、「最高裁は、法律ではなく、党派的な政治的な見解に基づいて判決を下している」と回答した。共和党支持者で同様の回答をするのは3分の1である[5]。
2. 最高裁判決は若者をバイデン支持へ動かすか?
■ 権利を重視するZ世代
世代別に見ると、最高裁の保守化に最も憤り、幻滅しているのはZ世代(1990年代後半から2010年代序盤に生まれた世代)だ[6]。……
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