マオイズム化するMAGA――トランプ対ハーバード大学の「階級闘争」

執筆者:三牧聖子 2025年6月13日
エリア: 北米
企業価値10億ドル以上の米企業のうち約25%は「元留学生」が創業している[米政府がハーバード大学との財務契約を打ち切る意向を示したことを受け、抗議行動を行う学生たち=2025年5月27日、アメリカ・マサチューセッツ州ボストン](C)AFP=時事
ベトナム反戦運動に業を煮やしたニクソンは当時、キッシンジャーに「教授は敵だ」と漏らしている。現副大統領のバンスは2021年、保守系政治イベントの檀上でこの発言を引用しつつ、「我々は大学を正直かつ積極的に攻撃しなければならない」と演説した。エリート大学を攻撃するトランプ政権の“闘争”は、皮肉にも自ら最大の脅威に位置付けている中国のマオイズム(毛沢東主義)を想起させる。イノベーション力を支えた海外からの人材が「アメリカ離れ」を決意した時、アメリカのソフトパワーは巨大な打撃を受けるだろう。

 

深まる対立

 トランプ政権と東部の名門ハーバード大学の対立は、2つの異なる「アメリカ」の未来像の対立という様相を呈している。

 4月中旬、政権は同大学に対し、「アメリカ的な価値観に反する思想を持つ学生の排除」や「外部機関による学内の思想監査」など一連の要求を突きつけた1。ハーバード大学は、「大学の独立や、憲法上の権利を放棄することはできない」と、この要求を拒絶2。それを受けて政権は即座に22億ドル(約3150億円)相当の補助金や契約の凍結の措置をとった。

 さらに政権は5月22日、同大学に対し、「ユダヤ人学生に対して敵対的で危険なキャンパス環境を放置した」ことや、「『多様性、公平性、包括性(DEI)』と称する人種差別的方針を採用した」ことなどを挙げて、外国人留学生の新規入学を停止する旨を通告し、在学中の留学生も転校しなければ滞在許可を失うとした3。アメリカの大学が留学生を受け入れるには、国土安全保障省の「学生・交流訪問者プログラム(SEVP)」の認可を受ける必要があり、この許可なしには、留学に必要な公的書類を発行できない。現在ハーバード大学の留学生数は学生全体の約27%にあたる6800人で、年間約6万ドル(約860万円)の学費は大学の重要な財源でもある。世界140カ国以上から集まる留学生は、多様なキャンパスの実現にも欠かせない。

 トランプ政権がハーバード大学を批判する際に言及した「ユダヤ人に対して敵対的で危険なキャンパス」とは、学生たちが展開してきた反イスラエル・パレスチナ連帯デモのことを指している。2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザを拠点とするイスラム組織ハマスがイスラエルを越境攻撃して以降、イスラエルはガザ全域で大々的な軍事行動を行い、過去19カ月でガザ住民の犠牲者は5万5000人超に及ぶ。この事態を受け、ハーバード大学のみならず全米の様々な大学で、イスラエル、そしてその最大の軍事支援国であるアメリカ政府に対する抗議デモが起こってきた。

 トランプ政権はこうした抗議デモを「反ユダヤ主義」「反米主義」と批判し、大学を懲罰する理由としてきた。政権がハーバード大学に突きつけた要求の中には、「過去5年間に留学生がキャンパスで行ったすべての抗議デモについて、大学が保有する音声・映像データを含むあらゆる記録を提出する」といった内容も含まれていた。さらに政権は、同大学への措置を「全国の大学や学術機関への警告とする」とも強調しており、今後、同様の攻撃を受ける大学が広がっていく可能性もある4

 ハーバード大学は、トランプ政権の要求は違憲であるとして全面的に争う姿勢だ。既に留学生の受け入れ停止措置については、裁判所が一時的な差し止めを命じているが、トランプ政権はハーバード大学に対し、「(留学生の出身国には)アメリカとは友好的ではない国も含まれている」と圧力を強めている5。6月4日、トランプ政権は、ハーバード大学への外国人留学生への新たなビザ発給を停止する旨を発表し、同大に在籍中の留学生についてもビザの取り消しを検討中で、この問題も法廷闘争となっている。

大学院生よりも労働者

 トランプ政権の大学弾圧は、階級闘争の文脈で捉えられる面がある。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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