紛争研究に「SNS分析」を導入した国連職員の挑戦(後編)|データ有料化の衝撃

執筆者:高橋タイマノフ尚子 2024年1月3日
タグ: 紛争 国連
エリア: その他
データ利用の有償化やコンテンツ・モデレーションの問題など、SNS分析には課題もある(C)Queenmoonlite Studio/shutterstock
SNSデータ無償利用制度の廃止は、限られた予算で活動する国際公務員に衝撃を与えた。ただし、SNSには流行り廃りもあり、変化の激しい業界であるため、今後もより分析に適したデータの模索は続く。また、欧米ではプラットフォーマーの責任やデータ利用の透明性に関する議論が活性化し、国連がデジタルリテラシー教育への投資を勧告するなど、新たな動きも起きている。

 前編の冒頭で述べた通り、実は2023年12月現在、SNS分析は困難に直面している。今年になってTwitter社(現X社だが、本稿ではTwitterと呼称する)が、自社プラットフォームのSNSデータを研究目的利用に無償提供するサービスを廃止したからである。Twitterをはじめ、FacebookやYouTubeなど各SNSは、Application Programming Interface、通常「API(エーピーアイ)」と呼ばれる、いわばエンジニアのための架け橋を提供している。これまでは、各社がこの架け橋を無料あるいは一部有料で提供することによって、そのSNSデータを活用したアプリや研究が外部者によって積極的に開発され、SNSコミュニティがより活性化することをビジネス戦略として促進してきた。しかし、2023年頭にTwitterの研究目的の無償利用制度は廃止となり、研究者はもちろん世界中の公務員には大変払いにくい金額を払わなければデータにアクセスできなくなった。

SNSデータは誰のもの?

 この問題の解決には、(1)国連の予算を倍増していただくか、(2)世界中の全ユーザーがTwitter以外のSNSプラットフォームに引っ越すか、 (3)Twitter社がデータの研究目的利用を無償に戻すか、などの可能性があるが、(1)は残念ながら起こりそうにないし、(2)のムーブも今のところ起きていないので、世界各地の研究者や公務員は(3)に期待をかけている。例えば米国議会では「プラットフォームの責任及び透明性に関する法案(Platform Accountability and Transparency Act)」が2年前の起草案を基に再提出されたり、欧州では、欧州デジタルメディア監視機構(European Digital Media Observatory)という研究ネットワークが中心となってGoogle、TikTok、MetaなどのSNS企業や市民団体と共同で「SNSデータの学術目的の開示について議論する作業部会(EDMO Working Group for the Creation of an Independent Intermediary Body to Support Research on Digital Platforms)」を立ち上げたりするなど、議論が積極的に行われている。後者に関しては、学術研究の独立性を守ると同時に、特に誤情報が自社プラットフォームで拡散されることによってSNS企業に生じうる法的責任や損害を、学術研究者と共同で未然に防ぐことも目的に含まれている点が大変興味深い。また、利用者が生み出した「投稿」というデータの活用方法を、プラットフォームのオーナーが独断で決めることに異論を唱えるジャロン・ラニアー氏のような一派も少なくない。

 ちなみに、私個人としては、(2)の可能性にも注目している。実際、研究対象としてのSNSデータの有用性には地域差や世代差があるし、流行り廃りもあるので、研究の目的に合わせてデータソースを選んでいくしかない。10年後にはTwitterとは全く異なるSNSが広く使われているかもしれないし、その新たなSNSコミュニティが研究目的のデータ利用に優しいかどうかも全くわからないし、そもそも論として「SNS? 昭和っぽくない?」とか自分の娘に言われているかもしれないのだ。

プラットフォーマーによる「忖度」の弊害

 データを無償で開示してくれたとしても、その内容が、我々紛争研究者が関心を持っているような、当事者の生の声そのままである保証はない。なぜなら、近年SNSプラットフォームは、暴力的な内容や犯罪、ヘイトスピーチなどに関して、自社プラットフォーム上の独自の自主規制を行なっているからである。これを「コンテンツ・モデレーション(Content Moderation)」と呼ぶ。

 コンテンツ・モデレーションには大きく分けて2つの方法がある。一つは、発言内容や発信主体のアカウントそのものを削除すること。二つ目は、内容を削除しないものの、おすすめに表示されにくいようにすることである。

 コンテンツ・モデレーションの主たる目的は、もちろん自社SNSが犯罪や違法行為の温床になることを防ぐためであるが、実践にはいくつか課題がある。第一に、何が違法かは国によってルールが異なる。例えば、独裁体制を敷く政府に匿名で異論を唱える内容が、「国家扇動罪」などの国内法に抵触するとの理由で削除されしまう可能性があり、この場合、SNSは知らずに独裁に協力してしまう結果となる。第二に、コンテンツ・モデレーションはほぼコンピューターによって自動制御されるので、2015年にはとあるアメリカ先住民族出身の人物のFacebookアカウントが「名前が普通じゃない」と言う理由でフェイクアカウントとして勝手に削除されるという事例も起きた。失礼な話である。第三に、削除や規制の判断基準が同一プラットフォーム上でも言語によって大きく異なる。コンピューターが理解するのが得意な言語は判断基準がより正確でかつ厳しいが、そうでない言語では対応が画一的でなかったり、甘かったりする。

デジタルリテラシー教育への投資を

 このようにSNSが世論形成に与える影響について、2022年に国連はフェイクニュース対策(原語では “Countering disinformation for the promotion and protection of human rights and fundamental freedoms”)の観点から報告書を提出しており、上記三点についても強い問題意識を表明している。報告書の最後に勧告の一つとして「個人が情報のソースを特定し審査できるように、メディア、フェイクニュース、そしてデジタルリテラシーに関するクリティカル・シンキングを促す教育への投資を、市民団体やアカデミアと協力し行うこと」を加盟国に勧めている。なので、私もこの記事には、読者の皆さんが情報ソースを特定し私の議論の内容を審査できるように、ソースを多めにつけてみた。

 ここまで、SNS分析の手法と課題、SNS産業の動きが国連の紛争分析に及ぼす影響について述べた。元々はSNS分析について興味関心を引き出すために書いた記事だが、問題の多さと変化の激しさを強調しすぎて宣伝に失敗したのではと不安だ。6000文字も書いていないで、ビデオで踊りながら説明した方がよかったのかもしれないが、あいにく私の大学院ではそんなスキルは学ばなかった。

 私自身、時代とテクノロジーの進化についていくのが時々しんどくなってくるミレニアル世代である。大きすぎるスマホを片手に小さすぎるフォントで、Z世代の部下からの早すぎるメッセージにあくせく返信する日々である。手首も目も指も痛い。しかし、SNS分析をする中で出会った多くの個人の興味深い意見や、無名ながらも価値あるムーブメントの数々を思い起こすに、これらが研究を通じて日の目を見ないのは勿体無いと感じている。何より、私が担当したSNS分析の結果を現地のスタッフたちに見せた際に、相手の目が輝いた瞬間が私は忘れられない。彼らは言った。「そうだ、これが市中の意見だ。外交団や専門家が滅多に出会わない、新聞やテレビにも映らない、でも私たちが毎日街で耳にする、リアルな国民の声だ」。

カテゴリ: IT・メディア
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執筆者プロフィール
高橋タイマノフ尚子(たかはしたいまのふなおこ) 国連政務官。専門は武力紛争、平和維持。2019年には国連で初めて最新テクノロジーやAIを活用した紛争分析、解決を専門に扱う新チーム「イノヴェーション・セル」を国連政務・平和構築局内に立ち上げた。上智大学外国語学部ロシア語学科、米国コロンビア大学国際公共政策大学院卒。ロシア語、英語に堪能。
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