金正恩「2024年の施政方針」6つの議題を読み解く

執筆者:礒﨑敦仁 2024年1月15日
タグ: 金正恩 北朝鮮
エリア: アジア
新年の祝賀イベントに登場した金正恩ファミリー(『労働新聞』HPより)
北朝鮮の2024年施政方針では、前年の順調な経済成長を強調しつつ、日米韓3カ国の連携に対する強い警戒感と対決姿勢が示された。人事においては高級幹部の大幅な入れ替えがあったものの、「粛清」にまで至るケースは激減している。詳細が公表されていない第5議題「党の領導的機能を強化するための一連の措置」は、後継者に関する内容だった可能性もある。

 2023年12月26日から30日の5日間、朝鮮労働党中央委員会第8期第9回全員会議(総会)拡大会議が開催され、『労働新聞』12月31日付は12面構成のうち1面から9面にかけて詳報した。わが国メディアでは、3基の偵察衛星を追加で打ち上げる方針が示されたことに関心が集中したものの、金正恩発言は多岐に亘っており新年を展望するうえで重要な分析材料となる。

 新年の施政方針は、金正日(キム・ジョンイル)時代は「新年共同社説」、金正恩(キム・ジョンウン)政権初期の2013年から2019年は「新年の辞」で発表された。2020年と2022年、2023年も前年末に全員会議を開催して1年間を総括し、新年の方針を示すという形式がとられたが、今回は12月30日に閉幕して翌31日にその詳報を出すという点で若干の変化が見られた。なお、2021年だけは金正恩による全人民への「親筆書簡」発表にとどまっていた。

 2022年末の第8期第6回全員会議よりも1日短い会期となった今般会議では金正恩が司会を担い、①2023年度の党及び国家の政策執行状況に対する総括と2024年度の闘争方向について(金正恩報告、金徳訓[キム・ドックン]内閣総理、崔龍海[チェ・リョンヘ]最高人民会議常任委員会委員長らが討論)、②学生少年のための社会主義的施策執行で責任感を高めることについて(金正恩報告)、③党中央検査委員会2023年度事業状況について、④2023年度国家予算執行状況と2024年度国家予算案について、⑤現時期の党の領導的機能を強化するための一連の措置について、⑥組織問題(人事)――の6議題が扱われた。決定書採択の前に、「分科別研究及び協議会」と第8期第18回政治局会議が開催されたが、そこに金正恩は参加していない。

 最も重要な第1議題は、2021年1月の第8回党大会で採択された5カ年計画に沿って諸政策を執行する方針が確認されたことから、全体としては新味なしと言えるが、次に挙げるいくつかの点について注目すべき部分も見られた。

2023年の経済成長を強調

 まず、金正恩報告が、2023年の経済建設が順調であったと誇示したことである。「第8回党大会以降、一年一年が未曽有の奇跡と変革で記録されたが、今年(2023年)ほど驚異的な勝利と出来事で充満した年はなかった」とされた。「厳格な防疫措置によって全ての部門が多くの制約を受けた」ほか、「敵対勢力、妨害勢力の極悪な制裁圧迫にも対処しなければならなかった」として、「深刻な食糧難」の解決が大きな課題であったことにも触れられた。

 金正恩報告では、「人民経済発展の12個の高地(課題)がすべて占領(達成)された」「全般的な経済発展と人民生活の保障で決定的意義を持つ支配的課題である穀物生産目標を超過して遂行したことは、2023年の経済事業で達成した最も貴重で価値ある成果」などとされた。同年の成長規模は、第8回党大会以前の2020年に比べて酸化鉄3.5倍、銑鉄2.7倍、圧延鋼材1.9倍、工作機械5.1倍、セメント1.4倍、窒素肥料1.3倍となり、国内総生産は1.4倍に増加したという。具体的な金額が明かされたわけではなく、特に国内総生産については相当に誇張した可能性は否めないものの、世界がコロナ禍に直面した2020年との比較値であることから成長が見られたこと自体は間違いないと見て良いだろう。

 農業分野での具体的成果としては、光川(クヮンチョン)養鶏工場、沙里院(サリウォン)市、海州(ヘジュ)市、南浦(ナンポ)市の小麦加工工場の竣工、黄州(ファンジュ)キンドゥン水路工事と康翎(カンリョン)湖淡水化工事などが挙げられた。言及順としては、農業分野の次に住宅建設、機械工業、金属工業、化学工業、電力工業、石炭工業などであった。

 ただし、この言及順とは別に金正恩が「最も自負すべき科学技術成果」としたのは宇宙科学技術分野であった。「重なる失敗を乗り越えて衛星の打ち上げを成功させた」ことを「驚異的な出来事」と位置付けたのである。

 さらに、「政治思想的威力が非常に強化されたこと」が「最も有意義な成果」だとされた。2023年9月の最高人民会議14期第9回会議で国家核戦力強化政策を憲法に反映させたことのほか、金融監督法、灌漑法など110あまりの法律や規定が制定ないし改正されたことへの言及があった。たしかに最高人民会議常任委員会の全員会議や常務会議が頻繁に開催されて法整備が進んでいるが、それは「優れた国家社会制度をいっそう強固にしていく法的保証をもたらす」ものと捉えられている。加えて、改正選挙法で11月に地方代議員選挙が実施されたことに触れ、これは「人民の公民としての自覚と愛国熱意をいっそう高潮させる過程に転換」したものだと高く評価された。

 国防分野では、偵察衛星打ち上げのほか、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星砲17」型と「火星砲18」型の発射実験、無人偵察機の開発や潜水艦進水式などが成果として挙げられた。国防分野での成果誇示に偏りがちだった普段の論調に比べると、会議では経済全般で成果があったことが強調されたように映る。

日米韓の連携に強い反発

 2024年の方針については、第8回党大会の決定を着実に実行していくことが核とされ、引き続き人民経済分野の12個の重要目標(「高地」)に集中していくとした。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
礒﨑敦仁(いそざきあつひと) 慶應義塾大学教授。専門は北朝鮮政治。1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロー・ウィルソンセンター客員研究員など歴任。著書に『北朝鮮と観光』(毎日新聞出版)、共著に『最新版北朝鮮入門』(東洋経済新報社)など。
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