昨年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエル奇襲に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員12人が関与した疑惑から、日、米、英、独などが資金拠出の一時停止を表明した。これによりパレスチナ自治区ガザの人道危機に拍車がかかるとして、途上国や人権団体からは批判の声があがっている。
このUNRWAでは、2023年10月に始まったイスラム組織ハマスとイスラエルの一連の戦闘以前から、難民の指紋や虹彩などの生体データを収集すべきか否か、10年以上にわたり議論が続いてきた。
紛争地などで支援活動や物資を提供する場合、多重受け取りや死者・架空の人物による受給などの不正の問題が切り離せない。だが、生体データという本人しか持たない個体の特徴を利用すれば、瞬時に書類偽造などの不正を排除でき、現地の人々と外国から派遣された国連職員の言語の壁も越えられる。
一方で、生体データは、最大限の保護が必要である。たとえば援助を得るために不本意な提供が行われたり、収集されたデータが第三者の手に渡ったりして迫害や脅迫に使われる恐れも否定できない。
生体データ方式の導入を見送ってきたUNRWA
パレスチナ難民の数はガザでの戦闘が始まって以来、大幅に増え続けている。UNRWAのウェブサイトによれば、ガザをはじめ東エルサレムを含む西岸地区、レバノン、ヨルダン、シリアなどに散在する58カ所の難民キャンプにおよそ150万人、うち27カ所がパレスチナ被占領地にある。さらに、UNRWAのサービスを受ける認定資格の登録をした人は、それらを含む全世界590万人に上る。
別のUNRWAのウェブページによれば、現在戦闘が続くガザ地区の人口はおよそ210万人であり、その内170万人が難民認定を受けている。戦争により、認定を受ける資格のある人の数はさらに増加中だと思われる。
戦闘による混乱の最中にこれだけ多くの人に食料・現金・医療・教育の支援を提供するには、どうしても本人確認プロセスの効率化が求められる。そのため、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は2004年から段階的に生体情報の利用を開始している。中東地域では、2015年から国連機関共通の虹彩データスキャンによる本人確認を行っているが、UNRWAはパレスチナ人が生体情報収集に多大な懸念を抱いていることを理由に、これの採用を見送ってきた。
実際、2021年には、UNHCRがバングラデシュ政府と共有していたロヒンギャ難民83万人分の生体データおよび顔写真を、難民をミャンマーに追い返したいバングラデシュ政府がミャンマー政府に提供していたことが明るみに出た。UNHCRは2019年から、米国土安全保障省に対して米国定住を希望する難民の個人情報および生体データを同意なしで提供し始めているが、これにも批判は根強くある。
UNRWA内部では「データ保護をどのように確保するか、どこにサーバーを置いてデータを保存するか、どのようにそうした決定を正当化できるか」について連日激しい議論が繰り広げられたと、同機関のドロシー・クラウス支援・ソーシャルサービス担当局長は2021年に語っている。
虹彩データ収集に関しては、難民コミュニティもUNRWAに深い不信を抱いており、パレスチナ人の人権活動家から「生体データが第三者に漏洩して、難民がコントロールできない形で利用される潜在的なリスク」が指摘された。……
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