
日本において、法律は国会でつくられる。しかし多くの場合、法律で細かい事項もすべて決めてしまうのではない。法律の運用を現場に即した柔軟なルールにするため、内閣政令や省令などの行政立法で政府に裁量を与え、細かいことを委ねる仕組みが採用されている。
米国においても、立法機関である米議会が知り得ない現場の実態に合わせて、連邦政府機関が法律の施行規則を進化させることができる「現場主義」が過去およそ40年にわたり採用されてきた。
それが、「法律に曖昧な条文がある場合に規制当局がそれを解釈できる」とした1984年の米連邦最高裁判所による一判例で、のちに高位の司法ドクトリンとして認知されるようになった「シェブロン判決」である。
ところが、シェブロン判決を出した当事者である連邦最高裁が6月28日に、その法理自体を無効にした。政策に関する問題については立法を通じて米議会が直接的に対応するよう求めるとともに、規制当局が越権した場合には、それを抑制する責務を下級裁判所に負わせる内容だ。
なぜ連邦最高裁は自らが作り出した法理を覆したのか。背景には、民主党と共和党の勢力拮抗で政策を決められない機能不全の米議会に代わり、民主党のオバマ・バイデン両政権が環境・金融監督・消費者保護・教育・医療などの分野で施行規則を用いて党派性の高い政策を実行したことが挙げられる。
これに反発した共和党の意向を体した連邦最高裁の多数派判事たちが、そうした行政の法解釈による統治の抜け穴をふさいだのが、今回のシェブロン法理否定だ。
本稿では、シェブロン法理の簡単な歴史的背景を解説し、シェブロン法理の無効化で行政主導の政策運営が滞ることが予想されるビジネスの分野を具体的に示す。
元来は共和党による規制撤廃の後ろ盾
シェブロン法理は、1984年の「シェブロンU.S.A.対天然資源保護協議会(NRDC)事件」と呼ばれる連邦最高裁判例に由来している。
この訴訟は、共和党レーガン政権下で米環境保護庁(EPA)が規制撤廃の大ナタをふるい、大気浄化法(大気清浄法と訳される場合もある)に基づく大気汚染規制をEPAの法解釈に基づいて緩和しようとしたことがきっかけとなっている。
これに対し、環境保護団体のNRDCが「EPAの緩やかな施行規則は無効」と主張して連邦地裁に訴えを起こし、地裁および控訴審である連邦巡回区控訴裁判所で勝訴した。この判決を受けて、当該裁判で利害関係にあるシェブロンが訴訟参加して連邦最高裁に上告したのが、「シェブロン対NRDC」である。

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