ガザ人道危機でも焦点、難民「生体データ」をめぐる安保・効率と権利のジレンマ

執筆者:岩田太郎 2024年2月15日
タグ: 人権問題 国連
生体情報提供の意味を理解するのは容易でない[UNHCRの難民キャンプで虹彩スキャンを受けるアフガニスタン難民の女性=2023年10月30日、パキスタン・ノウシェラ](C)EPA=時事
世界規模で増え続ける移民・難民への対応には、不正行為やテロリストの潜入などを防ぐ仕組みの構築が不可欠だ。指紋や虹彩など生体データを用いた管理はその有効な手段だが、一方でデータの運用や提供する人々の同意確認・権利確保には大きな課題も存在する。

 昨年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエル奇襲に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員12人が関与した疑惑から、日、米、英、独などが資金拠出の一時停止を表明した。これによりパレスチナ自治区ガザの人道危機に拍車がかかるとして、途上国や人権団体からは批判の声があがっている。

 このUNRWAでは、2023年10月に始まったイスラム組織ハマスとイスラエルの一連の戦闘以前から、難民の指紋や虹彩などの生体データを収集すべきか否か、10年以上にわたり議論が続いてきた。

 紛争地などで支援活動や物資を提供する場合、多重受け取りや死者・架空の人物による受給などの不正の問題が切り離せない。だが、生体データという本人しか持たない個体の特徴を利用すれば、瞬時に書類偽造などの不正を排除でき、現地の人々と外国から派遣された国連職員の言語の壁も越えられる。

 一方で、生体データは、最大限の保護が必要である。たとえば援助を得るために不本意な提供が行われたり、収集されたデータが第三者の手に渡ったりして迫害や脅迫に使われる恐れも否定できない。

生体データ方式の導入を見送ってきたUNRWA

 パレスチナ難民の数はガザでの戦闘が始まって以来、大幅に増え続けている。UNRWAのウェブサイトによれば、ガザをはじめ東エルサレムを含む西岸地区、レバノン、ヨルダン、シリアなどに散在する58カ所の難民キャンプにおよそ150万人、うち27カ所がパレスチナ被占領地にある。さらに、UNRWAのサービスを受ける認定資格の登録をした人は、それらを含む全世界590万人に上る。

 別のUNRWAのウェブページによれば、現在戦闘が続くガザ地区の人口はおよそ210万人であり、その内170万人が難民認定を受けている。戦争により、認定を受ける資格のある人の数はさらに増加中だと思われる。

 戦闘による混乱の最中にこれだけ多くの人に食料・現金・医療・教育の支援を提供するには、どうしても本人確認プロセスの効率化が求められる。そのため、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は2004年から段階的に生体情報の利用を開始している。中東地域では、2015年から国連機関共通の虹彩データスキャンによる本人確認を行っているが、UNRWAはパレスチナ人が生体情報収集に多大な懸念を抱いていることを理由に、これの採用を見送ってきた。

 実際、2021年には、UNHCRがバングラデシュ政府と共有していたロヒンギャ難民83万人分の生体データおよび顔写真を、難民をミャンマーに追い返したいバングラデシュ政府がミャンマー政府に提供していたことが明るみに出た。UNHCRは2019年から、米国土安全保障省に対して米国定住を希望する難民の個人情報および生体データを同意なしで提供し始めているが、これにも批判は根強くある。

 UNRWA内部では「データ保護をどのように確保するか、どこにサーバーを置いてデータを保存するか、どのようにそうした決定を正当化できるか」について連日激しい議論が繰り広げられたと、同機関のドロシー・クラウス支援・ソーシャルサービス担当局長は2021年に語っている。

 虹彩データ収集に関しては、難民コミュニティもUNRWAに深い不信を抱いており、パレスチナ人の人権活動家から「生体データが第三者に漏洩して、難民がコントロールできない形で利用される潜在的なリスク」が指摘された。……

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
岩田太郎(いわたたろう) 在米ジャーナリスト 米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などの紙媒体に発表する一方、『ビジネス+IT』『ドットワールド』や『Japan In-Depth』などウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、IT最先端トレンド・金融・マクロ経済・企業分析などの記事執筆が得意分野。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。noteでも記事を執筆中。https://note.com/otosanusagi
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