
「自民党はダメだ。島根も落とすよ」
ここは国会議事堂の裏手にある衆議院第二議員会館。与野党の各衆院議員の個人事務所が設けられている。そのある1室で自民党関係者に取材した筆者は冒頭の発言を引き出した。
島根とは16日に告示を迎えた衆議院補欠選挙の一つ島根1区をさす。今回の補欠選挙は東京15区、島根1区、長崎3区の3つの選挙区が対象だ。柿沢未途前法務副大臣の公職選挙法違反(東京15区)、“セクハラ疑惑”や旧統一教会の関係性などの指摘を受けた細田博之前衆院議長の逝去(島根1区)、自民党安倍派の裏金事件で立件された谷川弥一前衆院議員の辞職(長崎3区)といずれも自民党がスキャンダルを抱えた中での選挙となった。このため長崎と東京で自民党は独自候補の擁立を断念し島根1区に力を集中している。
島根を突き放した茂木幹事長
しかし、その島根も勝ちはおぼつかないと関係者は語る。島根に応援に入った自民党関係者は「全然熱量が感じられない。候補者だけでなく自民党自体が本当に勝つつもりがあるのか」と疑問の声を上げる。不戦敗の東京・長崎だけでなく島根も落とす“補選全敗”が現実味を帯びてきた。
岸田「この選挙は大切な選挙。何としても皆さんの力を与えていただきたい」
補選最初の週末の4月21日(日)。岸田文雄総理は小雨交じりの島根に入り自民候補の支持を訴えた。日曜ということもあり人数はかなり集まったが、岸田を見つめる聴衆の多くのまなざしには熱を感じなかった。どこか寒々しい光景が岸田を取り巻く。
自民党幹部はため息を漏らす。「派閥の裏金事件が尾を引いているのは確か。しかしより深刻なのは自民党内部が全く調和していないことだ」。告示日の当日、茂木敏充幹事長は東京にいた。自民党にとって唯一の選挙戦である島根での自民候補の第一声に駆けつけたのは、小渕優子選対委員長だった。なぜ幹事長ではなく、一段“格落ち”の選対委員長だったのか。関係者は複雑な党内事情を語る。「島根と言えば“参院のドン”と呼ばれた青木幹雄氏の長男である一彦氏の地盤。そして一彦氏は茂木幹事長とは険悪の仲で小渕選対委員長を引き連れて茂木派をいち早く離脱した人物。そういった確執が影響を与えている」。つまり茂木としては、“島根は派閥を出て行った小渕、青木の選挙”と突き放しているというのだ。
同様に総理と幹事長も全く融和できていないと関係者は語る。
岸田・茂木の関係に決定的な亀裂が入ったのは、今年1月の岸田による“派閥解散宣言”だ。それ以降、茂木は「総理との信頼関係は損なわれた」と語ってはばからない。そして、党の若手との飲み会を頻繁に行う茂木の姿に、党内では「総裁選への布石」という見方が有力だ。
補選3連敗が濃厚となると、岸田総理はかねてから検討しているこの国会での衆議院の解散総選挙も打てなくなり、結果として9月に任期満了を迎える自民党総裁の再選も難しくなるのではないかと自民党内では見られている。こうした厳しい情勢を踏まえ、ある自民幹部は「6月の衆院解散はできないよ」と断言する。しかし岸田総理は、必ずしも悲観的ではないという。

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