台湾では5月20日に総統就任式が行われ、頼清徳政権が発足する。民主化後の台湾において初めて同政党内での政権移行であること、しかも頼清徳自身が現職の副総統であることもあり、新政権の輪郭はなかなか見えてこなかった。しかし、4月末までに概ねの政権人事が発表され、5月に入ると就任式や就任演説に関する報道も次第に増えてきた。本稿では、これらの政権人事や台湾での報道を手掛かりに、筆者が選挙前後の現地調査を行った際に得た理解なども織りまぜながら、可能な範囲内で新政権の展望を描いてみたい。
有権者も共有する「蔡英文路線は成功」との認識
新政権の対中政策や外交政策は、少なくとも今年中は蔡英文政権期からの連続性が極めて強いものとなると予想される。これは、選挙戦の段階から頼清徳が繰り返し「蔡英文路線」の継承を掲げ、彼自身の対外戦略である「平和のための四大柱1」が「蔡英文路線」の中核概念である「四つの堅持2」を前提としていることを考えると、何ら不思議ではない。選挙に当選した頼清徳が独自性をより強く打ち出すシナリオも想定されたが、そうはならない可能性が高い。
「蔡英文路線」を理解する上で最も重要となるのは、彼女が2021年の双十節(10月10日=建国記念日に相当)に行った演説である。この演説の中で蔡は、台湾の在り方については「中華民国台湾」、中国との関係については「四つの堅持」の立場に立つことを明確に述べた。「四つの堅持」のなかで最も重要なのは、中華民国と中華人民共和国は「互いに隷属しない」と明確に述べたことである。この前提に立って、頼清徳は選挙戦で「平和のため四大柱」を打ち出し、経済安全保障の重視や民主主義諸国とのパートナーシップ拡大など、米中競争のなかでの台湾の立ち位置を明確に示した。とはいえ、頼は前提条件がないのであれば、中国との対話も重視する姿勢も示している。
新政権に蔡英文の対外路線が引き継がれる背景には、現在の国際環境のなかで台湾の対外的な舵取りは極めて重要であり、蔡英文政権は国際的なポジショニングと、それにより台湾の存在感を向上させることに成功したという現状認識があるのだろう。特に重要なのは対米関係で、蔡英文政権は米政府の安定的な信頼を得て、米議会からも多くの支援を獲得してきた。対中関係については緊張しているように見えるが、政府間の対話が中断しても中国を過度に刺激することなく、ローキーでは安定した関係を継続している。こうした評価が有権者にもある程度共有されているが故に、蔡英文政権は陳水扁政権や馬英九政権とは異なりレイムダック化せず、政権末期まで50%程度の執政満足度を維持することができた(美麗島民調)。
安保・外交チームの多くがスライド人事
同政党内の政権移行なのだから、上手く機能しているチームを崩し、国内外から懸念を招く必要はない。少なくとも秋のアメリカ大統領選挙までは、現状を維持することが理に適う。既に発表された新政権の人事のなかで、安全保障と対外政策に関わる部門は、その多くが蔡英文政権からのスライド人事である。大統領府にあたる総統府の秘書長には……
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