英スターマー政権「対EU」「対中」「対米」の未知数を読み解く

執筆者:武田淳 2024年7月30日
タグ: イギリス EU
エリア: ヨーロッパ
現在の労働党政権は保守党より企業寄りとも評される[2024年7月25日、英ウィドネスのハッチンソン・エンジニアリングを訪問し、スピーチを行うスターマー首相](C)EPA=時事
新政権でも米国との「特別な関係」を基軸とした安全保障体制は変わらず、日欧ともまずは安全保障を足掛かりに関係強化を図ると見られる。国内政治ではビジネス寄りのスタンスが鮮明だ。ただし、対EUのカギを握る貿易・投資、その重要な変数にもなる中国、“トランプ再選”で加わる影響など、外交面を中心に未知数も少なくない。現時点で踏まえるべきポイントを整理する。

 リシ・スナク前首相による突然の議会解散を受けて7月4日に行われた英国の下院選挙(総選挙、定数650)は、大方の事前予想通り、与党だった保守党が議席数を344から121へ大幅に減らし大敗した。2022年10月に史上最短の45日で辞任に追い込まれた保守党のリズ・トラス元首相も落選、スナク前首相は責任をとる形で保守党党首を辞任することを表明した。一方、労働党は205議席から412議席まで伸ばして過半数を確保、政権を奪取し、翌5日、キア・スターマー党首が新首相に就任した。

 これまで、総選挙の時期は今年の秋から冬との見方が大勢だった。保守党の支持率は20%前後で低迷していたため、解散は12月の任期満了近くで、ないしは11月5日の米国大統領選の前に、景気が回復し支持率が持ち直すのを待ってから、という読みである。しかしながら、スナク前首相は、不確実な今後の景気回復を待つより、インフレが収まりつつある今のタイミングでの解散の方が傷は浅いと判断したようである。

マニフェストでは企業を支える姿勢を明確化

 いずれにしても、保守党の歴史的な敗北に終わった今回の選挙であるが、その敗因の一つは英国のEU(欧州連合)離脱、すなわちブレグジット(Brexit)に対する不評であろう。英国の公共放送BBCニュースによると、かつて有権者の6割以上がブレグジットを支持した選挙区で、保守党の得票率が前回選挙に比べ27%ポイントも低下したとのことである。

 実際に、今年3月のロンドン出張でブレグジットの評価を聞いたところ、「当初は地方部に恩恵があると期待されたが、実際は全土でメリットなし」(金融機関)、「大陸欧州との貿易手続きが煩雑になり英国内のドイツ企業は半減した」(政府関係者)、「デメリットは労働力不足など多数あるが、メリットは思い浮かばない」(メディア)、「マイナスしかなく、GDP(国内総生産)の3~5%を失った」(シンクタンク)などネガティブな評価が圧倒的であり、プラス面を敢えて尋ねると、金融分野で規制緩和の余地ができたこと、ハイスキル人材の移民が入ってくるようになったことが挙がるくらいであった。

 新たに政権を預かる労働党は、名前の通り労働者寄りの左派政党であるが、選挙前に公表されたマニュフェストは前回選挙のものから中道寄りに修正されており、むしろ保守党政権よりビジネス寄りだとの評価もある。

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
武田淳(たけだあつし) 伊藤忠総研・代表取締役社長/チーフエコノミスト。1990年 3月、大阪大学工学部応用物理学科卒業、2022年3月、法政大学大学院経済学研究科修了。1990年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。第一勧銀総合研究所(現みずほ総合研究所)出向、日本経済研究センター出向、みずほ銀行総合コンサルティング部を経て、2009年1月、伊藤忠商事入社、マクロ経済総括として内外政経情勢の調査業務に従事。2019年 4月、伊藤忠総研へ出向。2023年4月より現職。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top