カマラ・ハリスはイスラエルの友か敵か?――問われる「説得力ある中庸」のイスラエル政策

執筆者:三牧聖子 2024年8月16日
エリア: 北米
イスラエルのネタニヤフ首相(左)と会談したハリス米副大統領は、イスラエルの自衛への強い支持を表明した上で、ガザでは「あまりにも多くの罪なき市民が死んでいる」と批判した[2024年7月25日、アメリカ・ワシントンDC](C)REUTERS/Nathan Howard
ハリス副大統領の政治スタンスは、しばしば「曖昧」と評される。民主党候補として大統領選を戦う上で、それはトランプを批判しつつバイデンとの違いをアピールできる戦略的資産になり得るが、同時に支持者の失望と怒りに結びついてしまうリスクもある。そうしたハリス最大の難所はイスラエル政策なのではないか。ハリスのイスラエル擁護には、これまで「信念」と呼ぶべき熱が込められてきた。一方でガザの犠牲者が4万人に迫る中、ハリスに対してイスラエル支援からの脱却を期待する声も強い。ハリスはこの局面を乗り越えられるか。

 

1. 勢いづくハリス陣営

 米大統領選から撤退したジョー・バイデンに代わり、8月2日、カマラ・ハリス副大統領が民主党の大統領候補の指名獲得を確実にした。その数日後には、「出身地は異なるが、価値観を共有している」とハリスが胸を張るティム・ウォルズが副大統領候補に正式指名された。

 ハリスは、進歩的なカリフォルニア州生まれで検事としてエリートコースをひた走ってきた。これに対してウォルズは中西部ネブラスカ州に生まれ、公立高校の教職に就きながら24年間州兵を務めた後、40代で2007年に連邦議会の下院議員に就任、2019年にはミネソタ州の知事に就任し、現在2期目を務めている。下院議員時代は保守的な農村部の選挙区で勝利を重ねた実績を持ち、ミネソタ州知事としては、人工妊娠中絶の権利やLGBTQの権利の擁護、学校給食の無償化、有給休暇の拡大など、リベラル寄りで中間層重視の政策を次々と実施してきた。

 白人男性で労働者階級出身のウォルズは、ハリスではなかなかリーチできない白人労働者対策という面が強いが、そのアピールは労働者にとどまらない。自らも白人男性というマジョリティであり、保守的な地方に育ちながらも、マイノリティの権利を追求してきたウォルツの誠実さは、若者たちにも広く支持されている。若者の政治参加の促進のために全米で活動を展開する「明日の有権者(Voters of Tomorrow)」は声明を出し、「知事のリーダーシップとLGBTQ+の権利、生殖の自由、平等への揺るぎない支持は、田舎や労働者階級の若者を含むすべてのアメリカ人に恩恵をもたらす」と全面的な支持を表明した1

 3カ月後に大統領選が迫る中での劇的な候補者の転換。前代未聞の事態は、民主党を結束させ、ハリス陣営には強い追い風が吹いている。バイデンが候補者であったときには、PredictItやPolymarketといった賭け選挙サイトでドナルド・トランプがほぼ一貫して優勢だったが、ハリスに代わった後はトランプと拮抗し、主要な激戦州での世論調査でも、ハリスはトランプを猛追し、リードする州もでてきている。

2. 「ジェノサイドには投票しない」――イスラエル政策の転換を迫る声

 しかし、こうした団結を脅かしうる不安材料がないわけではない。8月19日に開幕する民主党の全国大会に向けて、ハリス・ウォルズ陣営は一つの難問を突きつけられている。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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