ROLESCast#014
プーチンの訪朝と露朝「包括的戦略パートナーシップ」の意味と展望

執筆者:小泉悠
執筆者:山口亮
2024年9月5日
エリア: アジア その他
6月19日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は24年ぶりに北朝鮮を訪問し、金正恩総書記と「包括的戦略パートナーシップ条約」に調印した。パートナーシップとは具体的にどのような関係を意味し、東アジアの国際関係にいかなる影響を及ぼすのか。東京大学の小泉悠・山口亮氏による「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」の動画配信「ROLESCast」第14回(7月16日収録)。

※お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。なお、山口氏は9月1日より東京国際大学国際戦略研究所准教授に着任されました。

 

山口 今回は先端研創発戦略研究オープンラボの小泉悠准教授と私、山口亮特任助教の2人で、プーチンの北朝鮮訪問と「包括的戦略パートナーシップ」について語りたいと思います。

 

小泉 去年、金正恩がロシアに行ったときにも2人で話していますが、期せずしてその続編になった形ですね。

山口 ロシアのプーチン大統領が6月19日に北朝鮮を訪問して金正恩総書記と露朝会談を開き、「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名しました。

 

小泉 両国間の関係を規定する文書を改めて結び直したことは、とても大きな進展と言えます。なおかつ今回は「戦略パートナーシップ」を謳っている。これまでロシアがアジアで戦略パートナーとしてきたのは中国、インド、ベトナムだけです。ですからロシアの外交政策文書の中でも、この三つの国々は別格扱いされていて、その後に韓国や北朝鮮、日本とかが来るという、そういう順番でした。その中で北朝鮮が、別格扱いの方に移されたというのは、形式の上ではちょっと新しい動きではあるかと思います。

ロシア側では「条約」としての手続きは未完

山口 一つ気になったのが、日本語では包括的戦略パートナーシップと言っていますけども、ロシア語と朝鮮語でそれぞれどう表現されているかという点です。朝鮮語のほうは直訳すると「包括的な戦略同伴者関係」という表現です。けっこう親密な関係という印象があるのですが、ロシア語ではどうでしょうか。

 

小泉 朝鮮語でパートナーシップは「同伴者」になるのですね。ロシア語でパートナーシップは「パルトニォールストヴォ」なので、英語のパートナーシップとほぼ同じような意味です。ロシア語の「договор о всеобъемлющем стратегическом партнерстве」が英語の「treaty of comprehensive strategic partnership」ですね。

 ただし、ロシア語で検索してみると、「договор」(=条約)としている記事と「соглашение」(=協定)としている記事、両方出てくる。実はロシア語の正文はまだ公開されていない。条約なのか協定なのかでだいぶ位置づけが違い、条約なら議会での批准が必要ですが、文書が取り交わされてからほぼ丸1カ月となる今日(7月16日)現在、ロシアではまだ議会で批准されていません。一方で、北朝鮮側にも批准というプロセスはあると思うのですが、それ以前にいきなり正文が『労働新聞』に出てしまいましたよね。この辺りになんとなく、両者の温度差がずいぶんありそうな感じがします。

 

山口 そうですね。単にプロセスの問題なのか、それともロシアと北朝鮮の間で、包括的戦略パートナーシップに対する期待、意気込みのギャップがあるのか。
ロシアにとっての重要なパートナーとして中国がありますけども、北朝鮮のことを中国と同じように重要なパートナーと見ているのか、それとも他のアジア諸国の中で「ワン・オブ・ゼム」に過ぎないのか、いかがでしょうか。

 

小泉 ロシアにしてみれば北朝鮮は友好国の一つであることは間違いないので、私たちが北朝鮮に対して抱く「どんな連中だかよくわからない」という感じではない。他方で、北朝鮮という国を好きだという人もあまりいない。やはり奇妙な国である、貧しい、自由がない、というような、大体我々が抱いているのと同じようなイメージを、大多数のロシア人も抱いている。

 最近北朝鮮はロシア人観光客を一生懸命誘致しようとしています。スキーとかスパとか色々な観光地をアピールしているのですが、その中で「ロシアの中学生の修学旅行先として北朝鮮はどうですか」というプランを北朝鮮側が提案して実際に募集しています。これに対するロシア人の反応が面白くて、「ロシアの未来を見に行くんだね」と(笑)。ロシアもこのままでは北朝鮮みたいになってしまうかもしれないというジョークで、裏返せば、北朝鮮みたいにはなりたくないという気持ちがロシア人の中にもあるわけです。

 そういう意味ではやはり北朝鮮と一緒にはなりたくないのだけど、この世界情勢の中ではある程度歩調を合わせていかざるを得ない。具体的に言うと、北から弾薬を供給してもらわなければいけない。若い男の働き手が戦争や軍需工場に取られてしまって、とにかく労働者が足りないので北朝鮮から来てもらわないといけない。そういうことで、北朝鮮は「ワン・オブ・ゼム」ではあるのだけど、その中での存在感は大きくなっている。

 

山口 北朝鮮とロシアは陸続きで繋がっている、まさに隣国ですからね。

露朝関係における「中国ファクター」の実態

小泉 北朝鮮からみて、ロシアは存在感があるんですか。

 

山口 相当あると思いますよ。それは冷戦時代から変わっていません。ソ連が崩壊した直後の90年代の一時期は「ロシアは社会主義を裏切った」といった気持ちもあったと思うのですが、やはり社会主義陣営の中では先進的な国として、ロシアに対する憧れはいまだにあると思います。

 今回のパートナーシップ条約に関しては北朝鮮の方が積極的にアピールしているような気がします。去年のプーチン・金正恩会談は軍事色が強かったのですが、今回は「包括的」ということで、軍事的な協力はもちろんのこと、経済的な動機も結構強いように見える。貿易だけでなく、エネルギー分野における協力や交通インフラの整備、特に北朝鮮とロシアを繋ぐ橋をアップグレードしなければならない。北朝鮮がロシアに弾薬を提供する際にコンテナ船が使われているので、北朝鮮国内の港への鉄道路線や道路を整備するといった課題もあると思います。

 ロシアとしては今後の露朝関係についてどう見ているのでしょう。

 

小泉 今回のプーチンの訪朝に際しては、主要な閣僚らが同行し、ほぼ内閣を丸ごと連れていった形ですから、軍事に限らず幅広く協力をしましょうという話に見えます。そもそも北朝鮮との軍事協力は大部分が安保理制裁に引っかかってしまうので、軍事を前面に出せなかったという事情も大きいと思います。

 その上で北朝鮮との経済協力にどのぐらい将来性があるのか。日本も含む「環日本海経済圏」みたいな感じで、ロシア極東から北朝鮮、韓国、日本の山陰側が一緒に経済協力するというポジティブな期待がかつてあったわけですけど、冷戦後の30年間で、その構想が大きく花開いてきたようには見えない。

 それが今になって急にうまくいく見込みがあるのか、経済学者や産業の専門家の方に聞いてみないとわかりませんが、私にはポジティブな理由は今のところないと思います。ただ例えば、先ほどおっしゃった露朝間の鉄道の話とか、経済的合理性とは別に政治主導で前に進められる部分はあるのかもしれない。

 エネルギーに関しては、ロシアが今より供給を増やすとなると、やはり北朝鮮に対するエネルギー供給制限に引っ掛かりますので、前から言われていることですが、いったん中国にエネルギーを輸出して、中国からパイプラインで北朝鮮に送るしかない。つまり、瀬取り監視などができないような形で送る方法しかないでしょう。

 北朝鮮がロシアに弾薬を送る際も、船で送っているから衛星で丸見えになっている。使っている船もだいたい特定されていて、港でコンテナを積み下ろしているところも見られてしまう。ですからこれも、本当は中国側に鉄道で出して、そこからロシアに送ればもっと西側からわかりにくくなります。このように、露朝関係については中国がカギを握っている部分も大きいように思います。

 

山口 そうですね。露朝関係に対する中国ファクターはどれぐらい大きいのか、という質問は私もけっこう聞かれるのですが、たしかに中国はロシアに対しても北朝鮮に対しても、「あんまり調子に乗るなよ」と思っている部分はあるだろうと思います。ただしそれは、二カ国間の接近に対するジェラシーというより、「面倒なことを起こすなよ」というふうに見ているような気がします。やはり中国は相当に大きい存在で、北朝鮮の対外貿易の90%以上を占めていて、当然ロシアにとっても北朝鮮より中国の存在のほうが大きい。ですから露朝の接近で中国が脅かされることはない。

 それから北朝鮮とロシアが軍事的な協力をしていることは、中国としても、自分たちができないことを代わりにやってくれていると思っている部分もあるかもしれません。

 

小泉 要するに、米国との緩衝地帯としての北朝鮮を軍事的に確保しておくための汚れ仕事を、中国の代わりにロシアがやってくれているという認識ですね。それはあるかもしれない。

 中国がロシアにジェラシーを抱くという見方には、中国は北朝鮮のことが大好きだという前提があるわけですけど、多分そうではないですよね。露朝接近で中朝関係にひびが入るとか中露関係が悪化するというのは、我々にとって望ましいことなので、どうしてもそういうバイアスがかかった観測に飛びついてしまいがちです。ですが今回の包括的パートナーシップ締結から1カ月経っても、結局そういう動きは見られないわけです。

 北朝鮮をめぐって中露関係にひびが入ろうものならアメリカや日本の思うつぼだということは、北京もよくわかっているし、現実問題として、北朝鮮に中国の死活的な利益がかかっているわけでもない。露朝、中朝の間ではそれなりによろしくやっていて、中露関係はもっと高次の戦略的利益を担っているので、今回のパートナーシップは東アジアの構造を大きく変えるものではないと私は思います。

 ただ、ロシアから北朝鮮に軍事技術の供与があるかもしれない。少なくとも北朝鮮から弾薬の提供を受けている以上、何らかの対価を払うでしょう。それは軍事技術でないとすれば外貨かもしれない。ですから露朝の接近については、それが北朝鮮の軍事的、経済的な能力に及ぼす影響、特に日本の安全保障にどう影響するかが重要だと思っています。

コサックの隊長と、アヒルを踏み殺す新兵

山口 ロシアから北朝鮮への軍事技術提供については短期的なものと長期的なものと二つあって、ロケットのエンジンや偵察衛星の部品といったハードウェアは前者にあたると思いますが、それよりも、目に見えないノウハウの提供といった長期的な支援の方が影響は大きいと思います。

 

小泉 完成品やハードウェアを北朝鮮に渡すと国連安保理決議に違反してしまいます。国連の制裁は、コンサルティングも含めてあらゆるサービスを提供してはいけないと書いていますが、やはりそういったサービスの部分はハードウェアに比べて目に見えにくい。山口さんがおっしゃった短期的な動きではコンポーネントやもっと小さい部品レベルのものを渡すといったこと、長期的な協力としては人間(技術者)やノウハウの提供が考えられます。

 実は人間やノウハウの提供の方が先に始まっていて、90年代からすでにロシアの技術者が北朝鮮に行っている、あるいは行こうとして止められるということは何回も起きていました。特に重点的にリクルートされたのがマキーエフ設計局という、液体燃料式のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を作った設計局の技術者です。それが30年後には北朝鮮の「火星10」に結実するので、やはりロシアと北朝鮮が繋がっていたことがよくわかるのですが、こういった従来は脱法的に行われていた、あるいは当局に見逃してもらっていた動きが、今後は政府の後ろ盾を得て行われるようになるのかと思います。

 

山口 やはり中朝露の関係は日米韓の関係のようなものではないような気がして、どちらかというと互いにとって「都合のいい関係」がより深まったという印象を受けます。ただ今後、同盟のような関係に発展する可能性はあると思うので、長期的に活動を見極めていく必要があると思います。

 

小泉 おっしゃる通りだと思います。イデオロギーを共有しているとか、仮想敵が同じだから同盟を組むというパターンがあるわけですけど、ロシアと中国と北朝鮮の振る舞いはそれに当てはまらない気がする。お互いに利用し合える部分があるから、そこは当然利用させてもらうけど、付き合いたくない話については一切付き合いをしない。

 もうひとつの側面として、「怒らせたら怖いからなるべく怒らせないようにしておく」という、ネガティブな相互抑止も同時に働いている気がします。北朝鮮がロシアと接近したことを、中国は面白くないと思うでしょう。北朝鮮の論理からすると、おそらく中国に対して「我々もやろうと思えば中国が面白くないことができるんですよ」という、一種の脅しが梃子になるという関係もあるのではないでしょうか。

 ロシアに「最初のアヒル」という小説があります。コサックの連隊に配属された若い兵隊が、最初はみんなに馬鹿にされて全然相手にしてもらえない。そこで彼は鳥小屋に行って、アヒルを一羽ブーツで踏み殺す。そうすると、コサックの隊長が「お前なかなかやるじゃないか」と言って、一緒に飯食えよと誘ってくれる。非常にユーラシア的というか、「おれもなかなか怖くて面倒なところがあるんだぜ」ということを示すことで認められるという、そういう交渉術があるように思います。

 

山口 今のお話を聞いていると、北朝鮮にも中国にも何か似たようなメンタリティがあるのかなと感じますね。けっきょく中朝露の3カ国は自分の利益を中心に都合のいい関係を作っているので、パートナーといってもイデオロギーを超えたもので、冷戦時代の関係とも違うと思います。

 今回もお付き合いいただきありがとうございました。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
山口亮(やまぐちりょう) 東京国際大学国際戦略研究所准教授 長野県佐久市出身。ニューサウスウェールズ大学(豪)キャンベラ校人文社会研究科博士課程修了。パシフィック・フォーラム(米)研究フェロー、ムハマディア大学(インドネシア)マラン校客員講師、釜山大学校経済通商大学(韓)国際学部客員教授を経て、2021年8月より現職。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge, 2021)。専門は安全保障論、国際政治論、比較政治論、交通政策論、東アジア地域研究。Twitter: @tigerrhy
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