ROLESCast#010
金正恩の訪露と朝露関係―「戦略・戦術的協力強化」の現状と展望

執筆者:小泉悠
執筆者:山口 亮
2023年9月29日
エリア: ヨーロッパ その他
朝鮮人民軍の高級幹部を引き連れロシアを訪問した金正恩総書記を、プーチン大統領は異例の厚遇で迎えた。北朝鮮とロシアの接近は、両者にどのようなメリットをもたらすのか。また、中国はそれをどう受け止めたのか。東京大学の小泉悠・山口亮氏による「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」の動画配信「ROLESCast」第10回(9月20日収録)。

*お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。

 

山口 ROLESCast第10回をお届けします。

 金正恩総書記は9月10日に平壌を出発して、12日の早朝に朝露国境のハサン駅に到着。アムール州のヴォストーチヌイ宇宙基地でウラジーミル・プーチン大統領と会談し、続いて航空機製造工場やウラジオストク郊外の航空宇宙軍、太平洋艦隊を訪問。その他にも工場や大学、水族館なども訪問して19日に北朝鮮に帰りました。

 この10日近い日程の中で、小泉先生が特に注目したポイントなどはありましたか?

 

小泉 まず一言でいうと、僕がロシア極東に行くとしたら行ってみたい場所を、全部回ってきたなという感じなんですよね。「羨ましい!」というのが第一の感想です(笑)

 その中でも注目点を挙げるとすれば、宇宙基地でプーチン大統領が出迎えたという点ですかね。ヴォストーチヌイ宇宙基地はロシアで一番新しい、建設中の宇宙基地ですから、そこで首脳会談をやるというのは非常に珍しい。私の知る限りベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領を同基地で迎えたことがありますが、それが唯一の例ではないかと。そういう意味でも、友好国としての待遇をしたということが言えると思います。

潜水艦や弾道ミサイルは見せていない

小泉 金正恩は2019年に初めてロシアを公式訪問しましたが、その時の首脳会談の会場はウラジオストク沖合のルースキー島にある極東連邦大学でした。会場自体はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)などでも使われる立派な建物なので問題なかったのですが、金正恩は大学の裏口みたいなところから入らされて、まるで出入り業者のような扱いを受けました。その時と比べると、今回は国家元首として盛大な歓迎を受けた。それをロシアと北朝鮮の関係性の変化とまで一般化して良いのかわかりませんが、少なくともプーチンと金正恩の関係性においては大きな変化があったのでしょう。

 次に、その場で記者から「北朝鮮の衛星開発に協力するのですか」と質問を受けたプーチンが、「当然やる。そのためにここに来ているのだから」と答えている。実際にどこまでやるのかはともかく、北朝鮮と宇宙分野での協力を進めるつもりはあるという意思を示すロケーションでもあったと思います。

 

山口 両国の協力が表面的なものだけではなく、実質的な中身を伴うものになるということですよね。今年7月にはセルゲイ・ショイグ国防相が北朝鮮へ行って同国の軍事パレードを見ていますし、ここ数カ月で色々と温めてきた、準備をしてきたという印象を受けます。

 ここからはロシアと北朝鮮、それぞれの思惑について考えていきたいのですが、今回の北朝鮮の訪露団のメンバーを見ると、軍事計画、作戦司令、軍事工業の3部門の高級幹部らが揃って随行していました。北朝鮮の軍事のオールスター・チームといえます。私はこの訪露団の構成をみて、北朝鮮側には今回の訪問を長期的な軍事開発計画に活かす狙いを感じました。それに加え、外務省のトップも随行していたので、軍事だけでなく経済面も含めた包括的なディールを探っていた可能性もあります。

 ロシアとしてはどんな狙いがあったのでしょうか?

 

小泉 北朝鮮の狙いについては、僕も本当にそう思います。そもそも国家指導者である金正恩自身も、朝鮮人民軍の首脳たちも、いわゆる軍事大国の軍需産業や最新兵器を間近で見る機会は、これまでなかった。人民軍の中国駐在武官なら珠海の航空ショーには行っているでしょうし、モスクワの国際航空宇宙サロンに北朝鮮の将校が来ているのを実際に見たこともありますが、海軍司令官や空軍司令官といった各軍種のトップがロシアの軍需産業を徹底的に見て回ったのは、おそらくこれが初めてでしょう。冷戦期でさえ、1970年代以降はこんなことはなかったはずです。

 ちょっと思い浮かべたのは、ロシア帝国の近代化を進めたピョートル大帝(1672~1725)が若い頃に西欧を訪問した際、オランダの造船所で偽名を使って自ら船大工として働き、色々な知見を持ち帰ったというエピソードです。今回の訪露にそこまでの効果があったかどうかはわかりませんが、それに近い意味があったように感じます。ですから山口さんがおっしゃるように、今すぐに効果が出る取引というよりも、この先の5年10年を考えたツアーだったと思います。

 

山口 単に技術そのものだけでなく、その運用技術も含めて見たのでしょう。金正恩はウラジオストクでロシア海軍のフリゲートにも乗艦していて、その際にけっこう細かい点についても質問していたようです。戦闘機をペタペタ触るシーンもありました。技術はなんとかなるとしても、その運用システムの習得は一筋縄ではいかない。軍の司令官たちを連れて行った理由もそこにあるように思いますが、いかがでしょうか。

 

小泉 3点思うところがあります。

 金正恩は空軍司令官と海軍司令官を帯同して、コムソモリスク・ナ・アムーレではスホーイの戦闘機工場に行き、ウラジオストクでは空港にずらっと並べてもらった戦闘機や爆撃機を見学しています。最新鋭の巡航ミサイルまで見せてもらっている。海では太平洋艦隊の基地で改装されたばかりのフリゲート「マルシャル・シャポシニコフ」や新型コルベット「アルダル・ツィデンジャポフ」を見学した。

 このように北朝鮮の訪露団は、空軍と海軍に関してはそれなりに新しいものを見ているのですが、陸軍の司令官らは随行していないようなんですよね。おそらく陸軍の近代化は自力でなんとかなるけど、空と海はどうしても技術的にハードルが高い。そこで中長期的な発展に必要な技術を提供してくれそうな国が、当面はロシアしかないのでしょう。それが第1点です。

 2点目は、せっかく海軍司令官が随行しているのに、潜水艦は一切見せてもらえていないということ。コムソモリスク・ナ・アムーレに行った時点で、アムール造船所にも行くだろうと僕は思ったんです。ここはロシア極東で唯一潜水艦を造れる造船所で、80年代までは弾道ミサイル潜水艦の建造も行っていた。そういう造船所がある街に、今まさに「弾道ミサイル原潜を造りたい」と言っている国の指導者が海軍司令官を連れて行く。にもかかわらず、結局アムール造船所には行っていない。ウラジオストクでも水上艦が停泊する埠頭には行けたけど、潜水艦用の埠頭にはやっぱり行かせもらえなかった。当然のことながらカムチャッカの原潜基地にも行っていない。北朝鮮に色々なものをババーンと見せているようでありながら、ロシアもやはり潜水艦や弾道ミサイルといった本当に機微なところは見せなかったと言えそうです。

 3点目は、なんだかんだで北朝鮮に対しては国連の制裁決議が存在するということです。2006年と2009年に核実験に対する制裁として、安保理においてロシアも含む全会一致で採択された。特に2009年の決議ではアドバイスやサービス提供を含む一切の武器関連の取引が禁止されています。ですから普通に考えたら、ロシアは北朝鮮との間であらゆる軍事技術上の協力ができないはずなんです。ロシア国内の報道を概観しても、ロシアの識者の大多数は「(北朝鮮との軍事協力は)難しい」と言っている。同時に、たしかに難しいのだけど、これだけアメリカとの関係が悪くなると、やはりある程度は北朝鮮のことも重視せざるを得ない、という意見もある。つまりロシアは、アメリカへの対抗という地政学的な要求と、自ら賛成した安保理決議というコンプライアンス的な要求、この2つの間で板挟みになっている。どちらを優先するかは政治指導者であるプーチンにしか決められないわけですが、今回の訪露の時点では、まだどちらとも決心していなかったように思います。

 

山口 私も、北朝鮮が一番見たかったのは潜水艦だったと思います。この前、北朝鮮は「新型」潜水艦を進水させましたけど、あれも50~60年代のソ連の潜水艦をベースにしたものですよね。

 

小泉 いわゆるロメオ級ですね。

 

山口 そういう古い型式をベースにしているので、なんだかバランスの悪い艦ができたなと思って見ていましたが、結局北朝鮮には技術的にあれしか造れないわけですね。ですから最新の潜水艦技術がほしいはずで、今回の訪露にも100%は満足していないと思います。当然、一度の訪問ですべてが決まるわけではないので、将来的にはそういった先端技術にアクセスできる関係に持っていきたいと考えているでしょう。

 それから人工衛星技術は、軍事偵察に活かせるので非常に重要です。衛星そのものだけでなく、衛星に関する指揮管制とかC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)とか、運用システムに関する技術も北朝鮮は色々と学びたかったのではないかと思います。

両者の協力は「戦略」か「戦術」か

小泉 C4ISRでいうと、北朝鮮は潜水艦との通信をどうするのか、という点が僕はずっと気になっています。通常は超長波(Very Low Frequency=VLF)通信を用いて、潜水艦から出した長いケーブルで、地上に建てた高さ300メートルくらいのタワーからの電波を受信するわけです。ロシアの場合、極東方面における潜水艦との通信は主にハバロフスク市にあるタワーでやっています。あとキルギス共和国にもVLFタワーがあって、この2つでだいたい太平洋からインド洋をカバーしていると思います。

 ですから、今後もし「次回の会談はハバロフスク市でやります」という話になって、さらにVLFタワーを見に行くようなことがあれば、両国の軍事協力が相当具体的なところまで進んだとみていいでしょう。今回ハバロフスク地方でも視察は行われたものの、ハバロフスク市ではなく第2の都市であるコムソモリスク・ナ・アムーレでした。

 

山口 北朝鮮としてはまだまだ見たいものがあるはずで、私は今回の訪露はあくまでファーストステップと捉えています。北朝鮮も、場合によってはロシアも、今後ステップアップしたいと思っているでしょう。

 ただ、ひとつ気になることがあります。朝露間で経済面も含めた色々な交渉が行われる中で、軍事面においては、北朝鮮がロシアに砲弾薬を提供し、ロシアは北朝鮮に軍事技術の研究開発支援を行うのではないかと言われています。でも、それはどう見ても不釣り合いな取引に思えるんですよね。なぜなら、北朝鮮がロシアに与える利益は短期的なものであるのに対して、ロシアが北朝鮮に与える利益は中長期的なものになるからです。

 ロシアにとって、武器や弾薬の確保がそれだけ急務であるということでしょうか。

 

小泉 ひとつは戦術的な理由で、今まさに砲弾がほしいということもあると思います。ロシア・ウクライナ戦争におけるロシア側の砲撃は、だいぶ勢いが衰えてきたとはいえ1日に1万発、多い日は3万発撃っている。ピーク時には6万発も撃っていた。ロシア軍は月に50万発とか100万発の砲弾を消費する軍隊なのです。ところが今のロシアの弾薬製造能力というのは、増産しても年産200万発くらいと言われています。これはアメリカの生産量よりも多いのですが、ロシア軍というモンスターはそれ以上に弾薬を食ってしまう。ですから北朝鮮の弾が手に入るのであれば、やっぱりほしいと思うんですよね。

 エジプトにロケット弾の供与を依頼したという話もありますが、あまり上手く行っていないようです。たぶん北朝鮮に限らず、あちこちに「旧ソ連規格の弾をくれませんか」という話はしているのでしょう。それと北朝鮮には輸出用弾薬専用の工場がありますよね。もともと外国に弾薬を売る商売をやっている国なので、それなりの品質の弾がそれなりの納期で入ってくるという算段もあったのではないか。

 では、弾薬と引き換えに重要な軍事技術を供与するのかというと、先述したように「北朝鮮に軍事技術を大々的に供与するのは難しい」という割と常識的な意見のほうが、ロシアの識者の間では多い感じがする。だからもっと互いにウィンウィンになるもの、具体的には、北朝鮮からの労働者の受け入れなどが弾薬の代価にならないかと、ロシア側は考えているのではないでしょうか。つまり弾薬をもらう代わりに北朝鮮の労働力を受け入れる。北朝鮮もそれで外貨が稼げるのだからいいでしょう、と。あるいはロシアも今は経済制裁を受けて外貨が不足しているので、現物払いもあるかもしれない。北朝鮮が切実に必要としている食糧とかエネルギーは、ロシアには豊富にありますから。

 そういった形で、最終的には「戦術的な利益には戦術的な利益で返す」というところに落ち着くんじゃないかと僕は見ています。

 

山口 おっしゃるとおりで、お互いに提供できるものには制限がある中、できる範囲で交渉していると思います。北朝鮮もロシアも孤立しているので、軍事だけでなく貿易関係も何らかの形でレベルアップさせたいという思いは間違いなくあるでしょう。

 ただ、北朝鮮のメディアをみていると、「戦略・戦術的協力強化に向け、実務的な手段について意見交換した」と、「戦略」と「戦術」両方の言葉が出てくるのですが、小泉さんはどちらのワードを重視しますか?

 

小泉 僕はやっぱり「戦略」のほうに注目しました。現状のロシアの外交ドクトリン文書において「戦略的パートナー」扱いになっているのは中国、インド、ベトナムだけなんです。アジアの二大国と社会主義時代からの同盟国であったベトナム、この3カ国だけが戦略的パートナーで、北朝鮮は入っていない。そこに北朝鮮を入れるとなると、「昔から知り合いではあるけどそんなに親しくない」みたいな関係性から、だいぶステップアップすることになります。北朝鮮はそれをよくわかっているので、「戦略的」という言葉を使うということは、中印ほどではなくともベトナムと同じくらいには我々を扱ってくれ、というメッセージがあるはずです。たとえば武器をどんどん輸出するという関係です。でもロシア側からは今のところ「戦略的」という言葉に関しては何もレスポンスがない。

 さきほど、ロシアから北朝鮮への軍事技術供与について「難しい」といったのは、「公式にはできない」という意味で、実はこれまでも供与はしてきました。国家が主体となって秘密裏に供与したのか、企業や個人がリークしたのかはわかりませんが、何らかの形で軍事技術が北朝鮮に流れていたことは間違いなくて、それはロシアからもウクライナからも、おそらくベラルーシからも流れている。かといって、そういう流れを公式化するということは今のところ考えにくい。ですからロシアが北朝鮮を「戦略的パートナー」に格上げした場合、北朝鮮からすると「軍事技術供与を伴わない戦略的パートナーって何だよ」という話になる。

 北朝鮮が使う「戦略的」という言葉に対し、ロシア側がそれをどう解釈してどのように反応するのか、非常に注目しています。

 

山口 「戦略」や「協力強化」といった言葉が、北朝鮮側とロシア側で果たして同じ意味を持っているのか気になりますよね。

 私は、どちらかというと「戦術」のほうに注目しました。たしかに北朝鮮はロシアの戦略的パートナーになっていないし、ソ連崩壊後の朝露関係がいっとき冷え込んでいたことは事実ですが、「反米・反帝」というマクロ的な意味での両者の「戦略」はけっこう似ていた。外からも「似たようなキャラ」と見られるところがあって、最近の情勢を考えても戦略という言葉が使われたことについて、そこまでサプライズではないです。一方で、戦術という言葉を見ると、これはけっこう具体的なものを指すのではないかと。

 ただし、軍事関係で協力するといっても、軍事同盟にはまだ遠いと思います。ロシアが何らかの軍事技術についてフルスペックで差し出すような、ハイレベルな軍事協力は考えられない。現時点ではせいぜい研究開発の支援やアドバイスに留まるでしょう。ロシアが朝鮮半島情勢にどの程度関与するのか、あるいは北朝鮮がウクライナ情勢に関与するのか、といった議論については、まだその段階には至っていないと思います。

直後に行われた中露外相会談の意味

小泉 同盟と聞くと、我々はNATO(北大西洋条約機構)とか日米同盟のようなソリッドかつシステマティックなものを想起しますが、必ずしもそういうものである必要はない。もっと緩いつながり、要は「面子を潰さない」とか「仁義を切る」といった論理で駆動する関係性も、十分にあり得るわけです。決して北朝鮮やロシアを侮辱するわけではないのですが、僕が常々言っているのは、ヤクザの組同士の関係を想起したほうがずっと実態に近いと思うんですよ。

 広域暴力団ロシア組に対して、平壌会が急接近してきた。お互いに接近する動機はある。だけど一緒になって別の広域暴力団と全面戦争する気があるのかというと、それはない。それでも互いに実質的=戦術的な協力はできるし、場合によっては戦略的な協力もできると。

 

山口 そうですね。ここ数年、中朝関係、朝露関係、中露関係が様々なレベルで発展しているのは確かですが、そこに我が国で使う「同盟」という言葉は当てはまらない気がします。彼らは独特の概念を持っているし、中朝露の3カ国は昔からお互いを利用し合ってきた、打算の上で付き合ってきたという面があります。

 気になるのは中国の反応ですが、メディアでは2カ国の接近に中国が不満を持っているのではないか、といった報道もあります。だけど私はそうは思わない。これはコロナ禍前の数字ですが、北朝鮮の対外貿易に占める割合は中国が約90%なのに対し、ロシアは2%未満。これはどうやっても逆転することはありません。

 

小泉 そもそもロシアには出せるカネもコモディティ品もないわけで、とても中国の代わりは務まらない。

 

山口 朝露の接近は、中国もまんざらではないように思います。地政学的、対米的な観点では、北朝鮮の能力が強化されることも、北朝鮮とロシアがうまくやっていくことも悪いことではない。そしてロシアも北朝鮮は、中国から得られなかったものをお互いに得ることができる。いかがでしょうか。

 

小泉 金正恩の訪露のすぐ後に、中露外相会談が行われています。王毅が外相になってから初めてなので顔合わせの意味もありますが、会談では王氏の「(中露関係は)第3国に対抗するものでもないし、第3国を脅かすこともないが、第3国から影響されるものでもない」といった発言がありました。この第3国というのは普通に考えればアメリカのことだと思いますが、北朝鮮との接近をめぐり何らかの形で中国に仁義を切った側面もあるのかなと、僕はそういう印象も持ちました。過去の中露外相会談の言葉づかいも検証しないとはっきりしたことは言えませんが。

 

山口 北朝鮮は冷戦期に、中国とソ連を天秤にかけて両方から「良いとこ取り」みたいなことをしていたわけですが、今回はそれとはちょっと違うと思います。3カ国協力というか、同時進行で中国ともロシアとも関係を深めていく。

 今後の行方も気になります。北朝鮮との取引がロシア軍にどれくらいの影響を与えるか。北朝鮮にはどのような影響があるか。

 北朝鮮の場合、一番の問題はロジスティクスなんですね。燃料などが決定的に不足している。燃料不足はこの数十年間、相当に苦しんできた問題で、失ったものを取り戻すのは簡単ではない。軍事技術の研究開発には時間もかかります。

 一方で、北朝鮮から弾薬の供給を受けた場合、ロシア軍のウクライナ侵攻にはどのような影響が考えられますか?

 

小泉 前半の北朝鮮についての見立てには僕も同意です。北朝鮮のように色々な問題を抱える国で、ロシアから多少のガソリンが入ったとしても、どうにかなることはないと思います。根本的な国家の構造改革が必要でしょう。

 ソ連で50年代末から60年代にフルシチョフが核優先路線を採った時、彼の頭の中にあったのは「核があれば大規模地上軍は必要ない」というロジックでした。核開発によって兵力を削減し、労働力を国防から解放して産業へ回そうとした。それによって財政負担も抑えられる。フルシチョフの核優先は「大砲よりバター」という政策だったわけです。北朝鮮の核開発優先も、同じように「核があるから兵力を減らせる」ということで経済発展に向かうかが注目されます。ただ、金正恩は一時期それをやろうとしている感じもあったのですが、最近はどうもそういう雰囲気ではない。ロシアから多少の軍事技術が入ってきたとしても、状況は大きくは変わらないと思います。

 ロシア側も、北朝鮮から弾薬が入ってきたからといってどうなる話でもないでしょう。先ほど話したように、ロシア軍はピーク時に1日6万発の砲弾を撃っていて、第一次世界大戦並みの密度の火力戦を行っています。たしかにそれによってウクライナ軍を苦しめたのですが、国家としてのウクライナが屈服したわけではない。北朝鮮の弾薬は、ロシア軍が現状と同程度の火力を維持するだけの影響しかなく、質的にも量的にも、戦局をがらっと変えるような要素ではないと思います。

 

山口 現在「国防5カ年計画」を前倒しで進めている北朝鮮ですが、これまでも申し上げてきたとおり、ほしいのはすぐに手に入る技術より、むしろ長期的な運用ノウハウだと思います。ただ、5カ年計画で取得を目指すアセットは潜水艦やドローン、軍事偵察衛星など色々あって、その中でどうしても手に入らない技術はロシアの協力を得たい。

 いずれにしても、今回の訪問だけではわからないことが多い。結婚式と結婚生活は別物じゃないですか。プーチンが平壌に行くという発言もありましたが、本当に実現するのか、平壌に行ったとして、そこで何を語るのか。長期的に見ていく必要があります。

 

小泉 愛のない結婚をしたとしても、一緒に暮らしていればそれなりの関係ができてくるものですよね。それと同じように、形式が持つ重要性というものもあると思うんです。

 たとえば、ロシアが軍事衛星の技術を丸ごと渡すことは安保理決議で禁じられているし、ロシアもそこまではしたくない。そこで北朝鮮が自前で衛星を作って、三度目の正直で打ち上げに成功したとします。でもそこから、今度は撮影したデータを地上に送信(ダウンリンク)しなければいけない。あの狭い国土の上空を衛星が通過するわずかな時間で、データの送受信ができるのか。おそらく北朝鮮にはそんな高速データ通信技術はないでしょう。そこでロシア領内にダウンリンク局を作らせてくれ、といった要請があるかもしれない。そういう細かい部分での、実質的=戦術的な協力関係の強化にこれから注目する必要があります。

 

山口 そうですね。偵察衛星ではダウンリンクだけでなく、取得したデータ分析なども重要で、そのようなノウハウをロシアから学ぶ可能性もあります。今後も北朝鮮、ロシア、中国を長期的な視点で見ていきたいと思います。

 今回も小泉・山口でROLESCastをお伝えしました。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
山口 亮(やまぐちりょう) 東京大学先端科学技術研究センター特任助教。アトランティック・カウンシル(米)スコウクロフト戦略安全保障センター上席客員フェロー、パシフィック・フォーラム(米)上席客員フェローも兼任。長野県佐久市出身。ニューサウスウェールズ大学(豪)キャンベラ校人文社会研究科博士課程修了。パシフィック・フォーラム(米)研究フェロー、ムハマディア大学(インドネシア)マラン校客員講師、釜山大学校経済通商大学(韓)国際学部客員教授を経て、2021年8月より現職。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge, 2021)。専門は安全保障論、国際政治論、比較政治論、交通政策論、東アジア地域研究。Twitter: @tigerrhy
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