防衛産業強化の盲点、「弾火薬産業」の現状と有事に備える施策とは

執筆者:佐々木れな 2023年8月24日
タグ: 日本 自衛隊
エリア: アジア

弾薬不足はロシア・ウクライナ戦争でも焦点に[ロシアの軍用車両から弾薬箱を回収するウクライナ兵ら=2022年9月22日、ウクライナ・ハリコフ]

仮に対中有事となった場合、陸上自衛隊が必要な弾薬は現在の20倍以上とも見積もられる。弾火薬の補給が継戦能力を左右するのは確実だが、一方でそのメーカーは、取得・調達分野に関心が偏りがちな日本の防衛産業強化において見過ごされがちな存在でもある。撤退や倒産が相次いでいる弾火薬産業の現状と採るべき施策を考察する。

 対中有事として沖縄の離島などへの侵攻を想定した場合、陸上自衛隊は迫撃砲やロケット弾などの弾薬が現在の20倍以上必要と試算していることが明らかになった(産経新聞、2022年8月13日付)。一方で、日本の弾火薬メーカーは利益率の低さや後継者不在による倒産や撤退が相次いでいる。日本は島国であり、有事の際の補給が著しく困難になる可能性が高く、弾薬の輸入への依存度が高いことは、日本の戦争継続能力に直接影響する。

 岸田文雄政権は新たな国家防衛戦略及び防衛力整備計画を発表し、防衛産業の強化を宣言した。政府は防衛力の抜本的強化に危機感を募らせるものの、防衛産業はこうした変化に追いついていない。

弾火薬生産を統合管理する米国、「規模の経済」を実現する欧州

 弾薬の潜在的な不足リスクは、当初の予想を覆し大規模な通常戦争となったロシア・ウクライナ戦争で再認識されることとなった。米国及び欧州では、弾火薬を防衛基盤を支える重要物資とみなし、積極的な施策を取ってきている。

 米国では、民間企業所有の施設及び、軍の工廠を民間企業に貸与する形式(GOCOモデル)による生産が行われており、施設・設備投資を政府・軍が負担することで弾火薬企業の財政的負担を緩和している。

 弾火薬の調達及びロジスティクスは、米陸軍隷下にあるJoint Munitions Command(統合需品コマンド)が一括して担っている。同司令部は、政府が施設を貸与した弾火薬工廠での生産及び保管についても、米軍全体の需要や備蓄計画をふまえて、管理・監督している。

 また、2019年には「有機的産業基盤近代化計画(Organic Industrial Base Modernization Implementation Plan)」が策定され、軍民共同で15年をかけて、米陸軍が所有する23の車両基地、工廠、弾薬工場の施設のアップグレード、機械・工具への投資、優秀な労働力の確保・採用、生産・製造方法を改善する取り組みが行われている。

 一方、欧州では、政府所有の工廠による弾火薬生産は主流ではないが、欧州各国の陸上装備・ミサイル製造企業が合併することにより、規模の経済を実現している。例えば、2015年には、ドイツの陸上装備企業KMWとフランスのNexterが合併し、KNDSを設立した。これにより、KNDSは、世界中の多くの軍隊に軍用陸上システムを供給するヨーロッパ有数のサプライヤーとして、フランスとドイツに生産ラインを持ち、世界中で産業提携を結びながら共同で事業を展開することが可能となった。また、ミサイル分野では、EADS(現在のエアバス)、フィンメカニカ(現在のレオナルド)、BAEシステムズの誘導ミサイル部門が合併したMBDAという企業が誕生している。

 さらに、研究開発を効率化するために、欧州では防衛装備協力共同機構(OCCAR)が弾火薬を含む防衛装備品の共同開発プログラムを管理しており、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、スペインおよびイギリスが加盟している。また、個別プロジェクトベースでは、FSAF – PAAMSと呼称される次世代地対空対ミサイルシステムのプロジェクトで、フランス、イタリア、イギリスが共同開発・調達を行っている。

 しかし、これらの取組も実際の有事には不十分である可能性が、現下のロシア・ウクライナ戦争、あるいは台湾有事のシミュレーションで明らかとなっている。欧州における戦時体制への大転換はヨーロッパにサプライチェーンの危機をもたらし、防衛メーカーはウクライナへの供給を維持するだけでなく、国内の備蓄を補充するために生産量を増やすのに苦労している。

 一説では、ウクライナは1日に推定5000発から6000発の砲弾を発射しているが、これはロシア・ウクライナ戦争以前のヨーロッパの小国の年間発注量に近いという。急激な需要増にもかかわらず、新型コロナウイルスのパンデミック後の長引くサプライチェーンのボトルネック、生産能力の不足、一部の爆薬のための重要な原材料の不足によって、生産量を急増させることは困難である。特に、弾火薬においては、爆薬用の化学物質から信管や砲弾の薬莢用の金属やプラスチックに至るまで、材料の調達が間に合っていないという。

 一方、現時点では仮定の話だが、米CSIS(戦略国際問題研究所)のシミュレーションによると、台湾海峡での紛争では、米国は長距離精密誘導弾など一部の弾薬を1週間以内に使い果たす可能性が高いと見られる。シミュレーション内の3週間の戦闘で米国は通常5000発以上の長距離ミサイル(4000発のJASSM、450発のLRASM、400発のハープーン、400発のトマホーク陸上攻撃ミサイル[TLAM])を使用した。これらの大量の弾火薬の消費は、米国が紛争を長期化させることを極めて困難にし、同様に抑止力を弱体化させる。

 加えて、米国のように政府の弾火薬生産への関与度合が強い国ですら、少なくない数の工場では、需要急増に対応する生産能力の整備に、少なくとも18~24カ月を要すると言われている(CSIS、2023年1月23日付)。そしてこのリードタイムは、新型コロナ、ロシア・ウクライナ戦争、雇用や人材確保上の課題などによってさらに長期化する傾向にある。また、弾火薬工場は、本来的に増設には強い制約がかかることも、生産能力を増強へのハードルとなる。偶発的な爆発から民間人を守るため、企業は工場と周辺地域との間に十分な離隔スペースを確保する必要があるからだ。

日本固有の課題も存在

 弾薬生産の効率化・集約化に先駆けてきた欧州各国及び米国ですらその不足に直面するという事実は、日本に厳しい現実を投げかけている。さらに、日本の場合、……

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
佐々木れな(ささきれな) ジョンズ・ホプキンス大学SAISの博士課程在籍。パシフィック・フォーラム次世代ヤング・リーダーズ・プログラムのフェロー。経営コンサルティング会社Strategy&でシニアアソシエイトを務め、防衛省および防衛装備庁、防衛産業界で防衛・安全保障プロジェクトに5年以上携わった経験を持つ。ジョージタウン大学外交政策大学院で外務修士号を取得。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top