政府「不法滞在者ゼロプラン」と「外国人材の受け入れ」を両立する必須条件

執筆者:滝澤三郎 2025年6月17日
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日本政府には2004年から始まった「不法滞在者5年半減計画」という成功事例もある[記者会見に臨む鈴木馨祐法相=2025年5月23日、東京・霞が関](C)時事
政府は国費による退去強制件数を今後3年間で倍増させ、最終的には不法滞在する外国人をゼロにする目標を掲げた。少子化による労働力不足の解消には外国人材の受け入れが必要だが、「不法な状態」を放置すれば受け入れ制度そのものへの国民の信頼が失われる。極端な反移民・排外主義政党が伸長し社会が混乱する欧米諸国の二の舞を避けるには、「厳格な国境管理」と「人権尊重」を両立させる高度な運用が求められる。

はじめに

 2025年5月23日、法務大臣が「不法滞在者ゼロプラン」を発表した。外国人の受け入れ・共生が進められている中で国民の安全・安心を維持するため、「入国管理」、「在留管理・難民審査」、「出国・送還」の3段階で、制度・システムの新設や現行制度の運用強化などを組み合わせて対策を強化するというものだ。主な内容は、日本版ESTA(後述)の早期導入、難民審査の迅速化、退去強制者の送還促進、自発的な帰国促進、仮放免者(国外退去が確定したがそれを拒否し、入管施設に長期に収容されるような場合に、一時的に収容を解除された者)の不法就労防止などである。

 今回のプランの特徴は具体的な数値目標を示していることだ。難民認定の平均処理期間を現在の22カ月から2030年までに6カ月に減らす、退去強制令書の発布を受けたにもかかわらず退去を拒否する「送還忌避者」数を現在の約3100人から2030年末までに半減する、退去強制のための護送官付き国費送還を現在の年間250人前後から3年後に500人ほどにする、などだ。出入国管理上のルール違反者の速やかな国外退去の促進により、目標を達成し、国民の安全安心と共生社会実現に貢献することを目指すという。

 不法滞在者(在留資格を有していない外国人)が多数存在することは、国家の主権に関わる問題で、出入国管理制度の根幹を揺るがしかねないことから、政府が不法滞在者ゼロを目指すこと自体は妥当だ。不法滞在者数を減らそうとする志向は、近年の日本の出入国管理政策や関連法改正の背景に強く見て取れる。この目標は、単に法令に反した不法滞在者をなくしていくという側面にとどまらず、加速するグローバル化の中で外国人との関わりが増す日本社会が、その安定を保ちつつ、観光立国、人手不足分野での外国人材活用などの観点から、持続的な経済成長に寄与する外国人をどのように受け入れていくかという国家的戦略の一端を表している。この問題は極めて複雑かつ重要であり、多角的な視点からの考察が必要だ。

外国人受け入れに不可欠な「適切な管理」の安心感

「不法滞在者ゼロ」という概念が政府の強い姿勢として認識されるようになった背景には、複数の要因がある。現時点で、日本に在留する外国人総数は約370万人に達しており、これは過去最高だ。これに対して不法滞在者数は約7万5000人(2025年1月1日現在)であり、外国人総数に占めるその割合は約2%に過ぎない。この割合は、不法滞在者数が数十万人から数百万人規模に及び、総人口に占める割合がさらに高い先進諸国と比較すると、極めて低い水準にあると言える。例えば韓国は総人口約5100万人に対して在留外国人は約265万人、不法滞在者数は40万人近くとなっており、超少子化の進行とともに問題が深刻化している。

 では、なぜ諸外国より比較的低い割合であるにもかかわらず、「ゼロ」という管理目標が志向されるのか。まず、日本の喫緊の課題である少子高齢化に伴う深刻な労働力不足がある。これを補うため、政府は特定技能制度をはじめとする形で、必要な分野での外国人労働者の受け入れを本格化させている。政府は、こうした「正規のルート」を通じた受け入れを進めるにあたり、同時に「不法な状態」を放置していないという毅然とした姿勢を示すことが、外国人受入れに対する国民の理解と支持を得る上で不可欠だと考えている。不法滞在を厳しく管理することで、国民の間に「政府は適切に管理している」という安心感を与え、より広範な外国人受け入れへの抵抗感を和らげる狙いがあるのだ。

 後述のように、欧米諸国の不法滞在者の数は極めて多い。これらの国では不法滞在者をめぐる問題が社会の混乱と分断を深め、ポピュリスト政党の台頭を招いている。こうした状況を反面教師として、「日本も同様の問題に直面しないためには、早い段階で不法滞在を徹底的に管理する必要がある」という危機感が政府内に存在すると考えられる。不法滞在は、治安の悪化、社会保障制度への不正なアクセス、労働市場の混乱などを引き起こす要因となりうるという認識がある。

 さらに、近年の難民認定申請者の増加や、難民認定手続きの長期化の中で、難民申請中には送還が絶対的に停止される「送還停止効」を悪用して送還を免れようとする、いわゆる「送還忌避者」への対策が喫緊の課題として浮上した。特に、埼玉県川口市周辺におけるクルド人や、2023年に急増したスリランカ人難民申請者など、日本での就労を目的に難民制度を利用する事例が目立つようになり、これが制度への不信感や「制度が悪用されている」という認識を高めた。これに対応するため、過去10年にわたって難民認定制度の改革や、改正入管法における「送還停止効」の適用制限などの改革がなされてきた。「ゼロ」政策は、こうした送還忌避者対策を含む、管理強化の姿勢を象徴するものとなるだろう。

「不法滞在者5年半減計画」という成功事例

 過去には、イランやパキスタンなど特定の国籍の外国人が、当時のビザ免除措置や日本の好景気を背景に多数来日し、その多くがオーバーステイとなり不法滞在者数が急増した時期があった。不法滞在者数は1993年に約30万人という過去最大の規模に達し、社会問題化した。

 これを受けて、日本政府は2004年から始まった「不法滞在者5年半減計画」で、当時の不法滞在者数約22万人を5年間で半減させることを目標とした。

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
滝澤三郎(たきざわさぶろう) 東洋英和女学院大学名誉教授。1948年、長野県生まれ。東京都立大学大学院修了後、法務省に入省。カリフォルニア大学バークレー経営大学院で経営学修士号を得た後、国連ジュネーブ本部やUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)などに勤務し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では財務局長、駐日代表を務めた。東洋英和女学院大学の教授などを経て、現職。著書・訳書に『難民を知るための基礎知識 政治と人権の葛藤を越えて』(共編著、2017年、明石書店)『世界の難民をたすける30の方法』(編著、2018年、合同出版)『「国連式」世界で戦う仕事術』(2019年、集英社新書)、『難民 行き詰まる国際難民制度を超えて』(監修、2023年、明石書店)など。
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