人道援助機関の動き:「リセット」による援助の現地化
実はアメリカは、本部事務局とは区別される国連諸機関に対しても、巨額の任意の拠出金を通じて、大規模な財政支援をしていた。それぞれの機関の活動の内容に共鳴した加盟国が、任意で資金を提供して活動させているのが、基金や計画と呼ばれる専門性の高い援助活動をする諸機関の仕組みである。アメリカは、この仕組みを通じて、様々な国連諸機関に圧倒的な影響力を持っている。
たとえば既述のUNHCRやIOM(国際移住機関)では、年間予算の約4割前後が、アメリカの拠出金によるものだった。人道援助業界のもう一つの巨大機関であるWFP(世界食糧計画)においても、2024年の年間予算約89億ドルの4割以上をアメリカからの拠出金でまかなっていた。予算に占める一般募金収入の比率が大きいUNICEF(国連児童基金)でも、アメリカ政府からの拠出金や全体の約15%を占めていた。トランプ政権の誕生によって、これらの大きな比率を占める資金が、一気に消滅してしまうことになる。激震である。
現在、国連諸機関では、活動と人員の大規模な削減が進められている。国際公務員の規程にしたがって進められるため、一年近くの時間が費やされるのだが、すでに各地で顕著な影響が見られている。現場のニーズにかかわらず削減をしなければならないので、多数の難民が残っていても、キャンプを統括している事務所を統廃合して職員数を減らす、といった措置をとらざるをえない。欧州諸国の関心が高いウクライナ(周辺)を例外として、世界各地で大きな影響が出始めている。
この状況を見て、人道援助諸機関の活動の調整を束ねる役目を持つOCHA(国連人道問題調整所)のトム・フレッチャー局長は、2月に「人道援助のリセット(Humanitarian Reset)」というメッセージを打ち出し、活動内容の刷新を求めた。優先順位を明確にし、効率性も高めて、予算減少の衝撃を何とか極小化したい意図だ。加えて新規の予算獲得策や、運営方法の改革も必要だとしている。より具体的には、伝統的なドナー国ではない中国などの新興国との連携を強めることや、援助活動を行っている現地社会に存在している政府機構や市民社会組織との協力を深め、それらの役割を大きくさせることだ。
しかし「リセット」は簡単ではない。中国ですら、まだ自国は発展途上国だという立場をとっており、緊急人道支援への資金提供などには関心を示さない。開発援助にも関わる分野となれば特に、一帯一路の枠に沿って二国間援助・投資に、資源を投入していきたい。もっとも、支援分野や形態を絞った中国の国連人道支援機関との連携は、不可能ではないだろう。フレッチャー局長は、部下の職員たちの出張は禁止しながら、自分の中国出張だけは例外にするなどして、折衝にあたっている。
また現地化を進めるといっても、果たしてどこまで現地政府を信頼して業務を進めていけるかは、政治情勢次第だろう。現地政府組織の能力や汚職の問題もあるが、紛争地などでは特に、紛争当事者の一方に肩入れし過ぎて紛争の構図に引き込まれてしまう事態も避けなければならない。現地社会への権限移譲については、伝統的なドナー国が「総論では賛成、各論では反対」の立場をとるのが、通常よく見られる光景である。
「リセット」の具体的方向性は、まだ明晰には示されていない。人道援助業界では、「人道援助の現地化」を進める機会であると捉えて、旧態依然とした国連諸機関等の人道援助機関の権力構造、特に欧米諸国出身者が決定権を持ち続けている組織文化を、今こそ抜本的に変えていくべきだ、といった声も数多く出てきている。人道援助業界の西洋人中心主義の文化は、従来から批判されてきたことであった。
欧米人に偏った幹部人事の問題
人道援助業界のあり方が問題視されている背景には、国連の幹部の人事慣行がある。
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