ルカシェンコがプーチン・プリゴジンと織り成す奇妙な三角関係

執筆者:服部倫卓 2023年7月6日
エリア: ヨーロッパ その他
プリゴジンの乱はロシアとベラルーシの力関係にどんな影響を与えるのか
プリゴジンに矛を収めさせるという重要な役回りを買って出たルカシェンコ。政治的嗅覚に優れた「欧州最後の独裁者」は、今回の騒乱をプーチン・ロシアとの関係を対等に戻す千載一遇の機会と捉えた可能性がある。自国でのワグネル受け入れについても、ロシアに対する牽制の他、ベラルーシ人義勇軍「カリノフスキー連隊」への備え、アフリカ利権との絡みなど、複数の狙いがありそうだ。

 

プリゴジンの1日天下

 6月23日にロシアで発生した「プリゴジンの乱」は、世界を驚かせた。民間軍事会社「ワグネル」を率いるエヴゲーニー・プリゴジン氏が武装蜂起を挙行し、首都モスクワへの進軍を開始した。

 もっとも、ロシアの政治評論家アレクセイ・マカルキン氏も指摘しているように、プリゴジンの「モスクワ進軍」は、イタリアのムッソリーニが1922年に起こした「ローマ進軍」などとは異なり、自らが権力を奪取しようとするものではなかった。プリゴジン自身は「正義の行進」と称しており、ロシア国防省によるウクライナ戦線でのずさんな作戦やワグネル拠点への卑劣な攻撃への抗議を表明することが目的とされた。

 プリゴジンの思惑に反し、ウラジーミル・プーチン大統領は24日の演説で、国家転覆の試みを非難し、武力で鎮圧する構えを示した。内戦も懸念される中、思わぬ仲介者が現れる。隣国ベラルーシの独裁者、アレクサンドル・ルカシェンコ氏であった。

 プリゴジンはルカシェンコの説得を聞き入れ、ワグネル部隊は撤収、武装蜂起は約1日であっけなく収束した。一体、何が起きたのだろうか?

対ロシア統合が持論だったルカシェンコ

 時計の針を少し巻き戻してみよう。ロシアの西の隣国ベラルーシでは、1994年に初の大統領選が行われ、汚職追及や対ロシア統合を大衆迎合的に訴えたルカシェンコ候補が、地滑り的勝利を収めた。以来、「欧州最後の独裁者」ことルカシェンコが、30年近い長期政権を築いている。

 なお、後述の2020年8月の大統領選後、欧米諸国はもはやルカシェンコ政権を正統な政権とは認めておらず、本稿でもルカシェンコ「大統領」という表現は用いない。

 対ロシア統合を持論とするルカシェンコと、政権の維持・延命のために対ベラルーシ統合を利用しようとしたボリス・エリツィン露大統領(当時)との間で、1999年12月に「連合国家創設条約」が結ばれることになった。起草の段階では、両政権の政治的思惑に沿って、かなり本格的な国家・経済統合を想定していた。

 しかし、ロシア側でプーチンが後継者として台頭したことで、ロシアの一元的国家秩序を乱しかねない内容は敬遠され、結局は空文の羅列のような条約になった。ルカシェンコは、当初抱いていた「ロシアと統一国家を築いて自分がクレムリンの玉座に」という野望を諦め、ベラルーシという一国一城の主として権力を守る路線に転じていく。

甦るゾンビ条約

 連合国家創設条約が成立したあと、条約がしかるべく肉付けされ両国の統合が深化することはなかったが、かといって条約が破棄されることもなく、惰性の状態が長く続いた。ところが、2018年暮れ、ロシアは突如、ベラルーシがくだんの条約を最大限履行し、本格的な統合に応じなければ、ロシアはもうベラルーシへの経済支援を行わない旨を通告する。

 ロシアはなぜ、長年放置していた条約を、突然持ち出したのか? やはり、2014年のウクライナ政変後、これ以上自分たちの勢力圏が掘り崩され、NATO(北大西洋条約機構)がロシアのすぐ西隣にまで迫る事態は阻止しなければならないと危機感を強めた点があったに違いない。

 当初、ベラルーシ側はロシアからの統合要求を、のらりくらりとはぐらかしていた。そんなベラルーシに対し、ロシアが支援を絞ったこともあって、2020年8月のベラルーシ大統領選で、ルカシェンコはかつてなく苦戦を強いられた。

 そんな中、選挙戦の終盤に事件が発生する。7月29日、ベラルーシに滞在していたワグネルの隊員33名が、騒乱を計画していたとして、ベラルーシ当局により逮捕されたのである。そして、ウクライナの情報によると、その多くがウクライナ東部のドンバス紛争に関与した経歴を持つとのことで、ウクライナのヴォロディーミル・ゼレンスキー大統領は当該の隊員らを我が国に引き渡すようにと要請した。

 この時ルカシェンコは、ウクライナ側の要請を検討する姿勢を示している。ルカシェンコは、ワグネルがプーチン政権と繋がりの深いロシアの民間軍事会社であることを知りながら、その隊員の処遇をめぐって、一時はウクライナと手を組む構えをちらつかせたわけである

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
服部倫卓(はっとりみちたか) 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授。1964年静岡県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程(歴史地域文化学専攻・スラブ社会文化論)修了(学術博士)。在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員などを経て、2020年4月に一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長。2022年10月から現職。著書に『不思議の国ベラルーシ――ナショナリズムから遠く離れて』(岩波書店)、『歴史の狭間のベラルーシ』『ウクライナ・ベラルーシ・モルドバ経済図説』 (ともにユーラシア・ブックレット)、共著に『ベラルーシを知るための50章』『ウクライナを知るための65章』(ともに明石書店)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top