
戦争が長期化し、ウクライナ東部・南部での激しい地上戦は双方に甚大な消耗をもたらしている。言うまでもなくウクライナ戦争の主役は地上軍であるが、次いで重要な役割を果たしているのは航空戦力である。ドローンを含む航空戦力は地上戦における近接航空支援、あるいは相手の戦意喪失をねらった都市部の縦深攻撃に使用されている。
その一方で海洋戦力=シーパワーの存在感は薄い。2022年4月にスラヴァ(Slava)級ミサイル巡洋艦モスクワ(Moskva)がウクライナ製ネプチューン対艦ミサイルとされる攻撃により撃沈されたこともあり、ウクライナ沿岸部におけるロシア水上艦艇の作戦行動は低調であると考えられる。時折ロシア黒海艦隊がオデーサなどウクライナ沿岸部への攻撃を実施した、といった報道もみられるが、それらはあくまで散発的なものであり、戦局を左右するようなインパクトをもたらしているわけではない。
そのかたわらでロシア海軍は黒海の海上交通をコントロールしており、穀物をはじめウクライナ港湾からの積荷を積載した船舶の航行を阻害している。これはそもそもウクライナが沿岸部を超えた外洋に発揮できる海洋戦力(大型水上艦艇・潜水艦・捜索/対艦攻撃機など)を有していないからであり、被攻撃の脅威が低いことを考えれば比較的容易なオペレーションである。
プーチンは「新造艦30隻」投入を表明
このようにロシア海軍は圧倒的な優位にあるにもかかわらず、黒海沖合で商船の航行を妨害することはできても、ウクライナ沿岸部で効果的な攻勢作戦を実施できていない。こうした状況下にある2023年7月30日、ウラジーミル・プーチン露大統領はサンクトペテルブルクで実施された「ロシア海軍の日」を記念する海上軍事パレードで演説し、「今年だけでさまざまなクラスの艦船30隻が投入される」と表明した1。
この演説をそのまま受け取れば今後ロシアのシーパワーが相応に向上することを意味するが、実態としてどの程度の変化が見込まれるのだろうか。本稿ではこのニュースを出発点に、大型水上艦艇を中心とする冷戦末期以降のロシア海洋戦力について考察する。
先に結論の一端を述べると、新造艦艇30隻といってもその大半は支援艦船やコルベットなど小型水上艦艇であろうし、主力となる大型水上艦艇についてはソ連時代から使い続けてきた老朽艦艇を一部更新するレベルにとどまる。
ウクライナ戦争の長期化に伴い、地上戦力の補充が最優先であることは明らかである。また、通常戦力における北大西洋条約機構(NATO)に対する劣勢をカバーするためには核戦力への依存を高めざるを得ない2。そのため、水上戦闘艦艇の建造にまわすリソースは非常に限られたものになる。海軍アセットで重要なのはソ連時代から一貫して核抑止に直接寄与する戦略原潜と、これを防護する攻撃原潜である。核への依存を高めるロシア軍にとり、水上艦艇の優先度はかなり低い。
数的には米軍を凌駕したソ連のシーパワー
冷戦初期、ソ連は海洋領域において優勢な米英戦力と外洋において対峙する力はなく、ソ連海軍の任務は地上戦力の補完そして沿岸警備にすぎなかった。その後、冷戦中期に至って戦略原潜と搭載弾道ミサイルが核抑止においてきわめて重要な位置を占めたことから、ソ連海軍は補助的軍種から「真に戦略的任務に従事する」軍種へと変貌した3。
1970年代の時点でソ連海軍元帥セルゲイ・ゴルシコフは「ソ連海軍の広大な海洋への出現に伴ってわが艦艇は外国の港にしばしば寄港するようになり、社会主義国の『全権代表』の役割を果たすようになった。最近の3年間だけでも(延べ)約一千隻のソ連艦船がヨーロッパ、アジア、アフリカ、およびラテンアメリカの六〇の港を訪れている」と述べているが4、ソ連水上艦艇の数的増加と大型化に伴って冷戦中期以降、平時における外洋展開は拡大傾向にあった。

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